点の記録

点だけ打って線を引けない男が、点と点を結ぼうとするブログです。

好奇心に、従順であれ

●小さな博士

 僕は子どもの頃、時計大好きっ子だった。だいたい3歳~4歳くらいの頃だ。
 近所のディスカウントショップに置いてあった無料の時計カタログを持ち帰っては眺めることがとても好きだった。壁掛け時計、からくり時計が特に好きだった。
 その結果、その1年間限定の時計博士になった。何冊かの時計カタログをボロボロになるまで読み込んだおかげで、そのカタログの時計を殆ど覚えていた。
 親からは天才なのかもしれないと思われたが、残念ながらそうはならなかった。それは現在の僕の有様を見ればわかる。
 ようは繰り返し眺めているうちに覚えてしまっていただけだ。

 同じ頃、もう一つ詳しくなったことがある。車のホイールである。
 バック・トゥ・ザ・フューチャーに登場するタイムマシン、デロリアン号が大好きだったのだけど、その中で特に好きだったのはブレーキランプ部分に取り付けられた排気口と、何故かホイールだった。

 「車といえば、ホイールっしょ」という価値観が、4歳の僕の中に生まれた。
 その瞬間から、車を見ればまずホイールを見て、格好いい~~とこれまた車図鑑やカタログを眺めまくっていた。自然と車の名前も覚えていた。
 そこから、車のホイールから車名を当てられるほどにまでなった。
 親からは天才なのかもしれないと思われたが、残念ながらそうはならなかった。それは現在の僕の有様を見れば確実である。
 興味を持ったものを繰り返し眺めていただけだった。

 小さな子が大人顔負けの知識や情報、それに関する考えを持つことは珍しいことではないと思う。
 僕が小学校低学年のころ、友人には動物博士、昆虫博士が結構いた。小学校高学年あたりで歴史博士や宇宙博士が登場してきた。
 僕は幼稚園児にしてからくり時計博士であり、ホイール博士だった。
 小学校高学年になると百人一首を丸暗記していた。
 なんか全部微妙だな。


 人の人生のある部分だけ切り取れば、かなりの人が期間限定博士だった経験があるのではないか。

●小さな博士は期間限定

 しかし現在、からくり時計とホイールの知識はいつのまにか僕の中から消滅してしまったし、百人一首なんて今や普通の人より知らないと思う。
 僕の友達にいた動物博士や昆虫博士も、今では元動物博士であり、元昆虫博士である。中には長期的な記憶に根付いた人もいたが、大抵はみんな「あのときは天才だと思われてた」と口々に言うのである。

 他人が博士から元博士になってしまう原因は断定できないが、自分のこととして博士から元博士になってしまった理由は言葉にできる。

 当たり前だが、興味を失ったからである。

 小さき時計博士はあらゆる時計を調査したいと思い、研究資金を山崎家財政担当(母親)にかけあったが交渉は失敗した。
「6万円くらいするからくり時計をポンポン買えないし、時計は本来時間を確認するためのものだ」
 という至極まっとうな理由を突きつけられ手も足も出ないということを悟り、叶わぬ恋をいつまでもすべきではないと、すべてを忘れたのである。

 そして、あの小さきホイール博士だが、
「ホイールは交換可能の部品であり、ホイールから必ずしも車種を特定できるわけではない」
という大黒柱のお言葉によって、自分の研究分野はオカルトだということに気が付き、早々と足を洗った。

 百人一首はそもそも担任の先生が、百人一首スタンプカードなるものを配布し、生徒たちの間から自発的に誰が一番早く覚えられるかというゲーム感覚が生まれ、それに駆られてのことだったので、100個全部覚えた途端に徐々に忘れていった。

●純粋な好奇心を武器にしたい

 今、あの頃の純粋な好奇心を武器にできたらどんなに良いだろうと思う。
 幼いころは自分ができる範囲のことで好きなことをとことん突き詰めていくことができた。
 今はできる範囲が広がった。広がり過ぎてるから何していいかわからないのかもしれない。
 代わりに純粋な心と時間がなくなったのかもしれない。
 それでも子どもの時よりも自由に動けるのは間違いないわけです。チャンスかもしれないじゃない。

 「本当に自分が必要とする」「成長するため」という大人になってからの価値観ではなく、子どもの頃、何かに夢中になったあの感覚が大事なんじゃないかと常々思うようになった。
 ようは何が言いたいかっていうと、「自分が好きだからやっている」ことが一番パワーが出ると思うということです。超当たり前
 それは「趣味に関連することだけはめちゃんこ詳しい」だとか、「好きなことほど覚えるのが早い」という経験がある人は理解できることだと思う。

 「必要」や「成長」という動機付けは、「自分がそれをやりたいか」ということは何度かは無視できるかもしれないけれど、そうして始めたりしたことに魅力や楽しさを感じなければやっぱり長続きはしないよね。

 どうせ何かに時間を使うならば、人から言われた何かとか、我慢しながらやるものじゃなくて、自分の好奇心からはじまり、首を突っ込み手を出してみて、しっくり来たものに対して使いたい。
 そのためにはまず、「あれ面白そうかもしれん」という思いに蓋をせず、従ってみることにしようと思ったのである。

 かくして僕のしばらくの読書、及び日頃の生活における、こっ恥ずかしい標語は決まったのです。


 好奇心に、従順であれ!

 

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