点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

脳科学を信用するとき、信用しないとき

脳のせいなら仕方がないのか

 本を読むようになってから、努めて「知ったかぶり」をやめようと努力している。この世は本当に知らないことだらけ。読書を始める前は頭では分かっていたつもりだったけれど、読み始めると知ったかぶりをするのが怖くなってくる。

 ところで、「知ったかぶり」について、脳生理学的な視点から語られている箇所がある本を紹介したい。

脳には妙なクセがある (扶桑社新書)

脳には妙なクセがある (扶桑社新書)

 

 池谷裕二著『脳には妙なクセがある』
 「脳ブーム」の昨今、脳科学に少しでも関心がある人ならば、池谷さんやこの本のことを知っているのではなかろうか。本書は、脳みその持つ特性を「妙なクセ」という平易な言葉に置き換え、日常の何気ない行動から勉強法に至るまでを、脳生理学的視点からわかりやすく説明してくれる。

 本書の第5章は「脳は妙に知ったかぶる 「○○しておけばよかった」という認知バイアスとは?」である。

 アガサ・クリスティが生涯に何冊の長編小説を書いたかご存知でしょうか。よほどコアなファンでなければ答えは知らないでしょう。
 そこで「何冊だと思いますか」と訪ねてみます。ある調査結果では、平均で51冊という推定値が返答されてきました。
 実際には、アガサ・クリスティは66冊の本を書いています。そこで、しばらく時がたってから、同じ人に正解を伝えたうえで、「あの時、あなたは何冊だと推定しましたか?」と訊いてみます。驚くなかれ、解答の平均値は63冊に増加するのです。「かつての自分は正解こそしなかったとはいえ、それでも正解に近い解答していた」と思い込んでいるのです。

 このような認知ミスは「後知恵バイアス」と言うらしい。あの時ああしていればという後悔の感情は、「結果をあたかも知っていた」という姿勢が前提に立っており、広い意味での後知恵バイアスであると池谷氏は指摘する。

 脳科学的な対処法、無いんですか池谷さん!

 (前略)私達ができることは、ただ一つ。謙虚になり、「今、自分の考えていることは絶対に正しいとは限らない」と保留をつけるくらいでしょうか。

 脳に電極を刺して、「後知恵バイアスを消す」やら「強制的に謙虚なきもちが湧いてくる薬」などの危ないことはできないだろうから、知ったかぶりは「謙虚になる」以外治しようが無いのだろう。今のところは。

脳ブームとニューロレアリズム

 さて、本書で面白いと思った箇所がもう一つある。第9章「脳は妙にゲームにはまる」だ。知ったかぶりにもつながる、脳のちょっと怖い癖について書かれている。

 人間の脳みそを非侵襲的に観察できるMRI。皆さんも名前はご存じだろう。の登場によって、脳活動が可視化され、様々な脳現象がわかりやすく。そのことが「脳ブーム」に繋がっていたと本書では語られる。

 ただ、「脳ブーム」が全く問題ないかといえば、必ずしもそうは言えないようです。(中略)
 どうやら脳活動の画像を見ると、私たちは「いかにも本当らしい」と思い込んでしまう癖があるらしいのです。生物倫理学者のラシーヌ博士らは、この効果を「ニューロレアリズム」と呼んでいます。ニューロレアリズムは、メディアなどでデータが極度に単純化されると、さらに増幅されます。

 脳は基本的に視覚的情報に頼るところが大きいらしく、それがこのような認識を作ってしまうらしいのである。どこで誰を対象にとったデータなのかも吟味せず、本文の内容に関しても吟味せず、「うーんなるほど」などと思ってしまう。これは脳の癖だったのだ。努めて注意しなければなるまい。

 ニューロレアリズムは脳科学の文脈に限ったことではない。
 グラフは数値化されたデータの羅列を視覚情報として捉えやすいようにしたもので、根拠の把握に非常に便利だ。根拠を提示する側としては、自分が言いたいことの正当性を強化できるものでもある。グラフを眺めるときは、「なるほど~」とばかり思わず、「ニューロレアリズムに騙されるな……!」と心のなかで唱え(やりすぎか?)データに疑ってかかってみよう。世の中嘘っぱちの図やグラフに満ち満ちている。グラフを多用した上手なプレゼンテーションにも要注意だ。「いかにも」そうなそういうものに騙されないためにも、「知ったかぶり」防止のための謙虚な姿勢と、「脳は見た目に騙される」ということを把握しておきたい。

 しかし、ニセの情報に騙されることや知ったかぶっちゃうことというのは、脳生理学的において「人間的」なのである。「そういうこともあるよね」とか、「やっちゃった。次治そう!」と気張らず意識して治していくことが大事だと思うのです。

脳は分からんことだらけ

 脳について語られる様々なことについて、妙な信頼感を抱いてしまっているそこのあなたライフハックな情報をまとめてくれるサイトは非常に便利で、中には根拠や出典元がしっかり書かれている記事もあるからついつい利用しがちだ。真面目な人ほど自分を磨こうと、脳の構造から作り変えようとして、とりあえずネットで検索し、その知識を参考にすると思う。ライフハッカー日本版で「脳科学と検索したら612件ヒットした。関心高いトピックなんだと思います。

 だが先ほど申し上げたように、視覚的動物である我々は目で見た情報に依存気味だ。より視覚的に訴えかけてくるものに騙されやすい。なので活字に慣れていない人は、おそらくわかりやすい画像やグラフ以前に、文字にも騙されるだろう。
 ライフハッカーにしてもNAVER まとめにしても、記事を書いている人は脳の専門家じゃない可能性は十分にあるし、専門家であっても、そもそも脳科学や脳生理学がいつでも、必ず正しいとは限らないじゃないの。この本の中で語られる様々な研究結果も、脳の完全な理解ではない。途中経過である。
 『脳には妙なクセがある』の好感の持てるところは、解明されていないところはしっかりと未解明であり、こういう説はあるけど真偽は不明であるとしっかり書かれていること。当たり前だけど。脳科学で解明されていることは非常に少ないらしいのだ。
 2年前に出版された本だから最新の論文ではどうなっているのか分からないけれど、とっても謙虚な本だなと思う。

 あとなんで僕こんなに偉そうなの?
 知ったかぶり早速かましてそうで、すごく不安だ…………。

脳科学との向き合い方

 巷に溢れるトンデモ脳科学に騙されないためには、どこの誰が研究していたとハッキリ書かれているものを、「信じる」のではなく「参考」にする程度に留めておいたほうが良さそう。

 以前「速読」のおすすめの本に苫米地英人著『クロックサイクルの速め方』という本を紹介したけど、紛れも無いトンデモ脳科学だと思う。
 「○○大学の△△教授が□□の実験(研究)をしたところ~」という文言がおどろくほど少ない。本を読む上で参考になる考え方があったので、それは頂き!という感じだったが、「生活スピードを速めれば脳の処理速度もそれに比例して速くなる」というのは些か信じがたい。
 ビジネス本やライフハック系サイトにおいては、唐突に現れる「脳科学的に~」「脳は~」には気をつけよう。出典元や参考文献が書かれていないものは、その記事や本を書いた筆者自身が「脳科学的な~」に引っかかっている可能性だって疑って良いと僕は思う。
 この世の知識信ずるべからず、参考にすべし

 

 

 

記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 (ブルーバックス)
 

 

 

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