赤信号皆で渡れば大惨事
1978年11月18日 ガイアナ
今から37年前の今日、アメリカの新興宗教「人民寺院」の教祖ジム・ジョーンズとその信者が、彼らのアジトの町「ジョーンズタウン」で集団自決をした。
2001年に起きた同時多発テロ事件に至るまで、アメリカ市民の死亡者数は最大の事件であった。その数914名。うち18歳以下の子どもは267名。アメリカ史上最悪のカルト教団が絡んだ事件である。
恥ずかしながら、僕はこの事件を最近まで知らずに生きてきた。知るきっかけとなったのはビジネス書としても社会心理学の良書としても名高い「影響力の武器」である。
社会的証明の原理
本書では人民寺院の集団自決には「社会的証明の原理」が働いているという。
社会的証明とは、「人がある状況で何を信じるべきか、どのように振る舞うべきかを決めるときに重視するのが、ほかの人々がそこで何を信じているか、どのように行動しているかである」(第三版-P.263)ということらしい。
この原理を如実に表した言い回しに「赤信号皆で渡れば怖くない」があると思う。様々な場面において「社会的証明の原理」は発現する。もちろん日常にも潜んでいる。
道で急に倒れた人を助けるか否かという状況では分かりやすくこの原理が現れるだろう。助けようとする人が一人、また一人と増えてゆけば、倒れた人は助かるかもしれないが、そういう人が一人でも現れなければ誰も見向きもしない状況が生まれかねないのである。
組織腐敗や集団的倫理観の退廃に繋がりかねない、恐ろしい集団心理である。
すんなり死んでいく
運良く人民寺院事件から逃れた人の証言の内容は衝撃的だ。
人民寺院事件ではシアン化合物入の毒水を、信者の大半が何かの催眠術にかけられたかのように呷り死んでいったと言う。毒水を飲むことを拒んだ者は無理やり飲まされるか、毒水を注射させられるか、逃亡する際に銃殺されるかされてしまったらしい。
逃げてきた彼らを批判する声も少なくはなかった。
「なぜ人が自分の目の前で死んでいくことを止めなかったのか!」
「おかしいと気づいたのなら真っ先に止めればよかったものを!」
無責任にも程がある。僕がもしその人の立場だったらとてもじゃないが死ぬ人を止めないどころかおかしいと気づくまもなく死んでしまいそうなものだ。
心をえぐられる内容につき視聴注意
カルト信者による最大の悲劇 ジョーンズタウンの人民寺院 #1 - YouTube
カルト信者による最大の悲劇 ジョーンズタウンの人民寺院 #2 - YouTube
社会的証明を助長する「不確かさ」と「類似性」
「影響力の武器」によれば人民寺院事件には社会的証明を助長する要因があった。
それは「不確かさ」と「類似性」である。
チャルディーニによれば、事件の一年前、都市にあった寺院を、急に南アメリカのガイアナ、ジャングルを切り開いた場所に移転させ、人々を移住させたというこの手法が、信徒に多大な心理的影響を与えたのだという。
それまで暮らしてきたサンフランシスコとは似ても似つかぬ場所において生活を余儀なくされ、不慣れな状況下に於いて不安も増してくる。そこで自然と信者の間には、誰かの行動を手本とする下地が身についていった。人間は類似した他者を疑問を感じずに真似をしてしまう傾向にある。ジョーンズを敬い服従することを信者は信者同士で真似をする。社会的証明を発動し合い、より信仰は強固なものになったのだろうとチャルディーニは分析する。
思考の手綱を人に渡さぬように
ジム・ジョーンズは社会的証明の原理を理解していたと考える集団心理の研究者は多い。そもそもカルトを運営しようとするからには、人の心の動き方を熟知しているだろう。集団生活、ガイアナへの移住はいざという時のための布石だった。内部での性的暴行や粛清などの不祥事に疑惑の目が向けられれば、「革命的自決」と称して組織をセンセーショナルに終わらせる。これが計画的だったのだとすればかなり恐ろしい男である。
「邪悪な人間にだまされないようにしなければならない!」というのは簡単だが、日常からシームレスにカルト教団への入団を余儀なくされるケースも多々ある。
社会的証明の原理は我々の日常において、常に効力を発揮しているから、だまされないねぇ……そうは言っても難しいよね……というのが僕の本音だ。
人は社会的な生き物であり、他者との関係においては、その他者との相互作用によって行為する。その性質があればこそ、今日までの文明発展がある。
しかし、知性を得たことによって、自死さえ正当化する。
「沢山の人がやっていることが正しいとは限らない」という視点を忘れがちになっていないだろうか。用心するしか無い。用心することを忘れちゃいけないと、今日という日だからこそ改めて思った。
赤は止まれのサインだ。みんなで渡ったら、みんな轢かれて死ぬ。
自殺信仰―「人民寺院」の内幕とガイアナの大虐殺 (1979年)
- 作者: ロン・ジェイヴァーズ,新庄哲夫
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