ことわざの一部を犬にすると世界はこんなにも可愛い──『犬声人語』について
この天声人語を可愛らしくもじった『犬声人語(けんせいじんご)』という本を購入した。今回はこの本のレビューです。天声人語について語る記事ではございません。
猫派の僕を犬派に傾けた恐ろしい本だ。
コンセプトとしては非常に単純で、「ことわざの1語を"犬"に買えたら」というもの。ほんわかユニーク。
「はじめに」を読んでみると、著者はことわざの1語を犬に変えるというアイディアは20年前に思いついていたようだ。
ことわざの中の一語を「犬」と置き換えてみたら。
そんなことを思いついたのは20年くらい前だろうか。(中略)
そこに広がった世界では、
犬が人になり人が犬になり、
モノや自然、あるいは目に見えない現象まで、
森羅万象が犬に姿を変えていく
犬好きなら、読むべき一冊であることは間違いない。試しにひとつ引用してみよう。
色即是犬
般若心経にこう書かれています。目に見える全ては「色」である。そして実態あるすべてのもののバックボーンには本質があり、それは無色透明で目に見えないのだと。さらにこう続きます。犬は本能的に人が好きであり、その、何ら計算なき澄み切った心が無色透明である。よって、森羅万象の是即ち「犬」であるということです。(後略)
このようなゆるい改変ジョーク。こういうのが苦手だと厳しいかもしれないが、「犬ならばオールオッケー!全て許せるぞ~」という人は苦なく読めるはず。雲がうまれるさんのイラストも秀逸で、可愛さと、くだらなさと、同時に知性を感じる。メインで登場する犬が柴犬なので、柴犬ファンにもオススメ。
空想ことわざの解説、その言葉からインスピレーションを受けたショートストーリーなど多様な犬にまつわる文章が矢継ぎ早に登場する。空想ことわざのしれっとした改変ぶりも良い。
四面楚犬(しめんそけん)、少年よ犬を抱け、一寸先は犬、海千山犬(うみせんやまけん)、両手に犬……著者による20年来の妄想が花開き、まさしく上記の色即是犬(しきそくぜけん)がこの世の真理であるかのような心地になってくる。というかもう、この世の真理でもいいかなという感じ。
このように、文字をしれっと改変して、さも実在のものとして堂々とそれについて述べるという手法の源流は、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』などが思い浮かばれる。
- 作者: アンブローズビアス,Ambrose Bierce,西川正身
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1997/01/16
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- 作者: アンブローズビアス,Ambrose Bierce,筒井康隆
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19世紀 アメリカの毒舌ジャーナリスト、アンブローズ・ビアスによって書かれた『悪魔の辞典』はその名の通り辞典だ。普通の辞典と違うのは、毒まみれで、鋭く、ユーモラスな再定義をするという手法により、世の中を風刺している、という点だ。
悪魔の辞典によれば、犬はこのように書かれている。
DOG【犬】
いわば付け加えられた神というか、補助的な神というか、世界中の信仰する人の数が、あふれたり余ったりした分を拾わせるために考案されたもの。この神的存在の、特に小さく肌触りのよいものは女性の愛情を手に入れ、人間の男性にはとても望めぬほどの地位を獲得している。(後略)
引用元:『筒井版 悪魔の辞典』
どんなに怠けても、やんちゃしても、犬であれば大抵許される。ペットというのは犬であれ、猫であれ、文鳥であれ、蛇であれ、こうした補助的な神的存在になる可能性がある。
この『犬声人語』も、「犬」という存在を記号的に扱い、様々な言葉に当てはめ、その都度、可愛らしい世界を創造している。いわば神的存在としての「犬」をここに見ることができるのではないだろうか。一体何を書いているんだ俺は。
兎にも角にも楽しく可愛い『犬声人語』。犬好きならば読んでみるべし。