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点の記録

点だけ打って線を引けない男が、点と点を結ぼうとするブログです。

抱負について

今週のお題「2017年にやりたいこと」

今年の出来事

31日、年越しの瞬間に起きているならば、もう1回寝るとお正月となる。

光陰矢のごとし。2015年というバック・トゥ・ザ・フューチャーイヤー、エヴァイヤー終了にオタクな心が軋んだ2015年の年の瀬、そして2016年始の瞬間は、まるで一昨日のことのように思えるほどだ。

2016年に起こった出来事が些末なことしか無いので時間が早く感じた、ということではない。この1年でいろいろなことがあった。留年していた大学を無事卒業したと思いきや、自分の肌に合わないベンチャー企業に就職して、ものの3が月ちょっとで退職、派遣社員として現在の職場に付くというダメダメキャリアの道を突き進んだ。

高校受験、大学入試は易きに流れてぬるりとパスしたため、人生関わってきそうな重要な「失敗」というものを経験していなかった。今後の人生について、ついうっかり悩んでしまうような出来事が、2014年~2016年の間に、個人的な感覚としては、一気に押し寄せてきた。おそらく今後も考え続けるだろう。救いのない社会という荒波のなかで、もがけるところまでもがいてみます……。

さて、反省点多き1年を送ってしまった真面目な人が年末に考えること。それが来年の抱負だ。抱負とまでは行かないにしろ、「来年はこうしたいです」ということを宣言しがちだ。僕はいままでTwitterやFacebookを使って、「今年はこんなにダメな1年でした。来年は反省してこうします」ということを誰に頼まれたわけでもないのに書き散らしていた。アレ本当に意味あるのか?と思ったので、「来年の抱負」についてちょっと考えてみたい。

 

今年の抱負

今年の抱負

 

 

抱負を言う派?言わない派?

ダイエットの書籍や勉強本の中に、「SNSやブログを活用して目標を宣言しておくと、多くの人から見られていると感じるので、モチベーションがアップする」と書いてあるものがある。また、僕の好きな社会心理学の著作『影響力の武器』では、「コミットメントと一貫性」という章の中で、次のように述べている。

 

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

 

 

ほとんどの人には、自分の言葉、信念、考え方、行為を一貫したものにしたい、あるいは、他社からそう見られたいという欲求があることは、心理学者の間ではずっと以前から知られていた。この欲求は、三つの要素によってもたらされる。第一に、一貫性を保つことによって、社会から高い評価を受ける。第二に、一貫性のある行為は、一般的に日常生活にとって有益である。第三に、一貫性を志向することで、複雑な現代生活をうまくすり抜けるのに役立つ、思考の近道が得られる。

引用元:影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

もしこの事が人間心理一般に言えるなら、バンバン抱負を掲げたほうがいいが、毎年末、SNSは「来年はTOEICで900点!」とか、「今年こそ痩せてモテモテになる!」とか「年収アップさせる!」などで溢れかえっているようなことは無い。「ガキ使面白い」とか「紅白いまここ」とか「彼氏と初詣~~♡」などで溢れかえっている。クソッ!今年の年末は仕事だよっ!!

目標をひと目の付くところに掲げる方法論が効くのは、「社会からどう思われているか」という評価軸を重要視している人に対してなんじゃないか。「社会からどう思われてもいいぜ?」とか、「一貫性なんて下らない!」と考えている人が、SNSやブログで「こうします!」と喧伝しても、一向にモチベーションは上がらないだろう。

原田隆史監修 目標達成手帳 STAR PLANNER

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 一貫性を保つことは難しい

大概の人はある程度の社会性を有するものだと思う。人の目も気になるし、なるべく嫌われたくないなと思っている人が殆どだと思う。じゃあ上に書いたような方法論が通用するはずだ!と思ってしまいそうになるかもしれないが、「他人からの目が気になって仕方がない」とか「誰かに監視されてると思ったほうが頑張れる」という、ちょっと人生辛そうな人たちにしか上記の方法って効かないんじゃないか。

一貫性を保つということは非常に難しい。だからこそ社会で評価されるのだとも思うけれど、人間というのは基本的に毎日別人になっているといっても過言ではない。今日の重要なできごとが、明日にはゴミクズ以下になってしまうことはよくあることだ。

試験前に慌てふためいて明日はコレとコレの勉強をしよう!と思っていたはずが、部屋の掃除をしているということは、「逃避」という心理が働いたにせよ、部屋の汚れが気になるという点では、今日の重要な出来事が、ゴミクズに負けたということだ。

 

影響力の正体 説得のカラクリを心理学があばく

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人間は変化するという大前提を忘れがち

旧友との忘年会というスケジュールを立てたとしよう。その忘年会をするというスケジュールを立てた瞬間は、「友達とどんなこと話そうかな?」とか、「久々に初恋の人と会うな」とかワクワクしてみるものだが、いざ当日になると何故か知らんけど「めんどくさい」と思ってしまうということを経験した人は多いと思う。

そりゃそうだ。忘年会のスケジュールを立てたのが1週間前だろうが3日前だろうが、その間も我々は生きている。その間にもし、忘年会よりも重要だと思える出来事が起こったとしたらどうなるか。

極端な例だけど、急に年末仕事だった彼女の予定が空いて、「年末一緒に過ごそう!」と言ってきた日が、たまたま以前忘年会をスケジューリングした日と被ったらどうなるか。

「こっちの方が重要だけど、約束だし……忘年会に行かねば」ということになる。行かねばとは行くということを頑張ってするということだ。彼女との時間を「ごめん」と断って、それを引きずったまま飲み会に行くのだ。ハチャメチャに頑張っているはずだ。何も予定がない日にばったり会った旧友と、フラッと飲み屋に行くほうが、モチベーション的にはるかに楽である可能性は高い。

抱負を発表するリスクも、まさに同じところにあるんじゃないかな。常に我々人間は変化するという大大大前提を、抱負だとか目標設定という場面に置いて忘れがちだ。「諸行無常」という仏教の教えは、なかなか馬鹿にできない。

 

仏典のことば さとりへの十二講 (講談社学術文庫)

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優先順位をつける年にしたい

「2017年にやりたいこと」というお題で書き始めたのにもかかわらず、このままでは「新年の抱負なんて発表しないほうがいい」という意見になってしまう。いやまあ、本心じゃそうだよ。2017年にやりたいこと!と言って、「これこれやりたーい!」と宣言しても、それは2016年末時点での自分がやりたいことだ。2017年1月1日までの間に読んだ本、映画、会った人、仕事場での出来事、飛び込んで来るニュース……自分の中の重要度が変わるキッカケなんて、いくらでもある。

しかし、記事がつまんないと思われるのもアレなので、これまで好き勝手に言ってきた「目標発表しないほうがいい」という自分の意見と矛盾するかもしれないが、あえて、2017年にやりたいことを発表する。というより、むしろ今現在やっていることを、さらに強化するという形で、2017年の抱負を掲げたい。

2017年は「自分にとって何が重要なのか」ということをしっかり考える年にしたい。「自分に関わることすべてが大切ですよ」とはお釈迦様じゃないから出来ないので、せめて、「今を含めた今後の自分の人生で、何を重要なものとするか」ということを、日々吟味する年にしたい。

人間は刻一刻と変わる。変わっちゃう生き物だ。人間だけじゃなくて世界だって宇宙だって刻一刻と変わる。変わっちゃうのだ。だから、自分の人生において何が重要なのかを、日々考える。そしてそれぞれに優先順位をつける。違和感があれば、優先順位を変える。自分の中の優先順位をコントロールできるように考えられるようになりたいと思っている。

ここまで書いておいてなんだが、気づいた人もいるだろう。「やるか、やらないか」という評価基準から抱負というものを見ると、「人に言おうが言うまいが、どっちでもいいよね」となってしまうことである。

2017年も、「人生そんなに甘くない」と痛感する一年になりそうだ。

 

achelou.hatenablog.com

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