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点の記録

点だけ打って線を引けない男が、点と点を結ぼうとするブログです。

「約束を守らなければ死ぬ」と思うことにした

思ったこと

いままで「約束」というものを軽視してきた、と書くと、友達が減るだろう。

それでもいい。ここいらで、約束を必ず守る人間になるようになりたいと思う。その為には、今までの約束に対する視点を改めなくてはならない。今までのような、人との約束に対するいい加減な態度は、反省せねばならない。

今までの山崎が持っていた約束に対する一番適当な言葉は、「守れればいいな」である。破ってしまった場合は、「約束を破ってしまってごめん」とか「申し訳ないです」という態度を取ることで、なんとなく今まで生きていたような気がする。そんな人間が、本気で約束を守ろうとしていたことが、今までにあったか?と考えると、もはや無いに等しいのではないか。ある、と答えたいが、精一杯本気を出してやってきたのかといえば自信がない。

例えば借金をしちゃったけど早く返そう!としたとき、今の働き口じゃどても期限に間に合うような収入が見込めないとなったとしよう。そのとき、副業を探してお金を稼ぐとか、アルバイトの数を増やすとか、そういった努力を今までに山崎はしただろうか?いいや、していない。約束は「守れたらいいな」というものだったからである。

今の勤め先が副業禁止であるならば、その会社をやめて、副業OKのところに就職するという選択肢もあったはずだ。休日返上でアルバイトをすることだって、約束を守るためならやっても良かったはずなのに、そういうことをしたことは無かった。自分に甘いのだ。自分が一番大事なので、他人からの信頼なんてどうでもいいと思っていた。

改めて、「約束」そのものについて考えてみる。三省堂大辞林のお世話になる。

やく そく [0] 【約束】
( 名 ) スル
①当事者の間で決めること。また,その決めたこと。 「譲ることを-した」 「 -を破る」
②ある社会・組織などで,あらかじめ決められていること。きまり。ルール。 「演技上の-」
③生まれる前から定まっている運命。宿命。因縁。 「前世からの-」 

スピリチュアルの類を信奉できない想像力の乏しい僕は、あまり3番の意味合いで使うことは無い。自分がここまで話題にしてきた約束とは、①と②である。ざっくりいうと、ルールである。ルールとは、原始時代から人間の営みの中に組み込まれた概念である。人間にとってルールの無い世界は無い。社会的な生物だからである。ルールから外れた人間は、最悪の場合死に至る。この場合の死とは何か。それは生物学的な生命としての死、あるいは人間の社会における、情報的な死んだもどうぜんの状態、もしくはどちらもである。少なくとも、人間に生まれたからには、ルールを守らなければ生きにくい。もしくは、生きていけないのである。

 

聖書 新共同訳  新約聖書

聖書 新共同訳 新約聖書

 

 

旧約聖書新約聖書の「約」とは神との契約、約束のことであるとするのが定説だ。敬虔なクリスチャン、あるいは信仰深いプロテスタントにしてもそうだけれど、聖書の言葉から逸脱した行為をするとなると、それはもう「ヤッベー怒られちまうな~~」どころの騒ぎではない。神の教えに背くことは大罪である。現代ならいざしらず、中世のような時代でそんなことをしてみなされ。自分の中の神がゆるしたとしても、社会を構成する人々の中の神、権力者の中にいる神が許しを与えなければ、約束を破ったものは死ぬのである。これにならおう。僕は「守れればいいな」ではなく、「守らないと死ぬ」ものという認識を持つべきだった。

「どんな些細な約束でも、守らなければ死ぬ」という覚悟が必要だった。そして、万が一破った場合の精神的、身体的なフォローもしてこなかった。約束を一度破ってしまったあとのフォローが無い、改善がない、反省が無いとどうなるか。これは恐ろしい態度である。本当に死ぬのだ。約束を破ることは、様々な死につながっているのだ。

遊ぶ約束を破り続けた人は、もうあいつを誘うのはやめようと社会的に死ぬ。僕の目標はこうです!オレはこんなことをやりたい!とか吹聴していた人が約束を破り続ければ、あいつは何もできないのだと信用が死ぬ。君だけしか愛さないよという男が他にも女を作れば愛情が死ぬ。人を殺してはいけないという約束を破り続けた人は、死刑になるのである。約束を破り、それを改善しなかったものは、遅かれ早かれ死ぬ。それは、生命現象としての死とは限らない。むしろそれは珍しい。概ね、やってくる死は社会的な死である。

そして、死ぬのは自分だけではない。自分が約束を破り続けたりすれば、多かれ少なかれ他者にも影響が出る。迷惑だけではない。もしかすると、約束を交わした相手にも、生命的な意味合いか、はたまた社会的な意味合いか、どちらかわからないが、どちらの意味でも死期を早めてしまうかもしれない力がある。労働基準法を破ってまで社員を働かせれば社員は死ぬ。そして会社の社会的な地位も死ぬのである。約束とは恐ろしいものである。それはあらゆるトラブルの源であり、しかし、人間が生きていく上では絶対に必要なものだからである。

 

この前提に立てたことで、ようやく相田みつをの詩がようやく骨身にしみるようになった。

「できない約束はしないことだな」 相田みつを

 

相田みつを作品集トイレ用日めくりひとりしずか 1 ([実用品])

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「約束を守る」ということを大切にしてこなかった人は、この詩を「くっせーなぁ」なんて思ってしまうだろう。しかも約束を守れない人は無責任なので、自分の行動すら省みず「そんなのは当たり前だろう」とうそぶくのである。誠に滑稽なこと極まりない。まさしく、ついこの間までの山崎である。できない約束を取り付けては破り、その都度自分はダメ人間です反省していますと平謝りだ。これを無意識的に行っていた。やばいどころの騒ぎではない。約束を守らなければ死ぬ。だからこそ、できない約束はしないことだ。でなければ、死ぬか、約束に振り回される人生になってしまうからだ。「約束を守らなければ死ぬ」を座右の銘にする程に、自分の中で反芻し、実践していくことを急務とし、日々精進する所存です。

なぜ自覚できたか?というのは、「自分にとって約束とは何か?」と考えたからである。約束を破ることが癖になっているかもしれない!とか、お前はサイコパスだ!と言われたことがある人は、「自分にとって約束とは何か」を考え直してみてほしい。

自分と同じような性格の欠点を持ち、悩んでいる人にとって、この記事が精神的カンフル剤としての役割を果たせますように。

 

achelou.hatenablog.com

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