点の記録

点だけ打って線を引けない男が、点と点を結ぼうとするブログです。

嫉妬とタラレバ

する必要のない嫉妬をずっとしている。

絵が上手い人に嫉妬している。

TwitterFacebookなどで回ってくるイラストの中には、上手すぎて、本当にこいつが描いたのか?という失礼な感情が出てきてしまうくらいの作品を描く人がいる。特に、今まであなた、絵を描いてるなんて一言も言ってないじゃん!みたいな人が、急に力作をアップロードなどすれば、私の嫉妬心は静かに噴火する。

山崎は特に絵描きを目指している訳ではないし、趣味で絵を描いている訳でもない。はじめようかなーとか思っていても、別のことを優先してしまう。自分の美術センスには、ある程度の諦念を持っているつもりだが、しかし絵が上手な人には嫉妬してしまう。これは何故か。なまじ小学校から高校生まで、片手間に落書き程度の絵なら描いていたからか。

学生時代、努力と呼べない努力をし、当たり前のようにモテないまま時が過ぎ、モテたいという青春のルサンチマンを抱えたまま成人を迎えてしまった人は、おそらくモテたいと今でも思っている。そしてモテてる人に嫉妬する。本当にモテる人、あるいはモテる為に究極の努力をした人などは、モテたいなんて思わない。彼らはモテたければ、モテる為に行動する。

それと同じように、絵が上手い人、あるいは絵が上手くなる人というのは、自分より絵が上手い人が現れた時、何くそと嫉妬してしまったとしても、それをバネにして行動する。「刺激を受ける」と言葉を変えてもいい。

オギャーとこの世に産まれ、いきなり絵が上手かった人などこの世に存在しない。どんな理由であれ、描いたもん勝ちだ。絵が上手い人は口を揃えて「黙って描け」という。例え嫉妬心が原動力になるのであったとしても、描けば上手くなる。売れるか売れないかはさておいても、一角の絵描きにはなれる。

こういうバネになる嫉妬は必要な嫉妬心だが、山崎が感じているような、「いいなと思っているけど行動が伴わない」というのは何か。

単なるタラレバだ。

タラレバはこんな風に、ブログの素材として成仏させてやったり、エンターテイメントの材料にしかならない。共感を誘うコミュニケーションツールとして扱えるなら相当な「タラレバ使い」だが、ただ単に振り回されているのでは可哀想な人になるだけだ。

俺もあんなにうまく絵が描けたら……

俺もあんなに綺麗な絵が描ければ……

タラレバどまりの人はこの先の想像力に乏しい。絵がうまく描けたら人生楽しくなると思い込んでいる。

金持ちになったら人生うまくいくと思い込んでいる意識高い系と同じ仕組みだ。今自分にとってそれが重要なことであるなら、やっているはずだ。金持ちになったらあんなことやこんなことしたい。でも行動に移してない。なんで自分はできないんだろう。それは、そこまで金持ちになりたく無いからだ。金持ちになったらあんなことやこんなことができるけど、金持ちになる努力と天秤にかけたとき、金持ちになって得られる恩恵よりも、努力しないで今目の前の生活が少しでも良くなる方法を取る。

モテたいと思ってモテない人、痩せたいと思って痩せられない人、頭よくなりたいと思っても勉強しない人、結婚したいと思っても結婚できない人……絵がうまくなりたいと思っても、うまくならない人と、もう全部同じ。

そんなにモテたいと思ってない。苦しい思いをしてまで痩せたく無い。机に向かってまで頭よくなりたいと思わない。結婚のデメリットが気になる。絵が上手に描けるようになって、何か変わるのか。こんな状態では、嫉妬するだけ無駄だ。疲れるだけだ。

タラレバをしてしまうことは、全部、自分にとってやらなくていいことだと気がつくのが遅かった。それが行動に移す気力が無いのであれば、なおさら。なら、自分が好きなことしてた方がよっぽど楽だ。多分、努力を惜しまず行動しているのは、よっぽど好きだからやっているのであって、好きでも無いことにいちいち嫉妬なんて、馬鹿馬鹿しいなと思ったという話。

でも、でもでも!

あーー、俺もあんな絵が描けたらなぁ。