点の記録

点と点が結ばれるのをじっと待つブログ。主に書籍について。サブで音楽やら映画やら。

自分の書いた文章を読み返すと恥ずかしすぎて心が死ぬ

過去に書いた文章を読み返すと、100パーセント恥ずかしくなる状態になってしまいました。文章練習と読書仲間を増やす為に運営していたブログですが、文章の腕前は未だに自分の納得いく状態にはなっておりませんし、せっかくできた読書仲間とは疎遠になってしまいました。

当ブログですが、なんだか読んでいて面白くない記事が増えてきてしまっている気がします。アクセス数とかにもそれは現れておりまして、もともと雀の涙ではありましたが、これも徐々に減少傾向です。「点の記録」というタイトルでやってきたけれど、点ばかり打って線を繋げられないのでは、アホを露呈するだけで、皆様のお役に立てる情報はおろか、ふざけたことを書いて楽しませることもできていないということでしょう。お恥ずかしい限りです。

以前、ブログ執筆は公開自慰であるだのと発言したことがありますが、どうせ自慰を見せつけるのであれば、質の高いものでありたいものでした。僕が僕の記事ひとつひとつを自慰と貶めたのは、自分の書いたブログ記事というのは、元々はそういう見るに耐えないランクに位置するゴミクズコンテンツなんだぞ!だから人一倍クオリティに気を使えよ!という自戒の念も込めての発言でした。

しかし、これではツイッターで回ってきた山崎ケイさんの「仮定ブス幸福論」と殆ど同じ考え方をしているんだなと感じ、愕然としました(仮定ブス幸福論には賛同しかねる点が多いので)。わざわざ自虐をする必要性無いのにね。趣味なんだし気楽にやろうぜ。これを忘れていました。

いやーもう自慰だの書いちゃったし、いいかー適当でーと、無意識が自分の書く文章のクオリティというものに限界を作っていたのかもしれません。脳みそというのはポジティブだろうがネガティブだろうが、脳にとって一番心地よい状態を維持しようとする働きがあるそうですからね。

そういや、最初は文字数とか、アクセス数とか、なんかそういうものを気にせず自由に書いて満足してたなぁということを思い出しました。ある程度本のことを書くとは決めていましたけど、細かいことは何も決めておりませんでした。だから楽しかったのか。

今では、なんとなくひとつの記事は1500文字以上にしなきゃとか、しっかりとした文章を書けるようになるまで持論をひけらかすのを防ぐ為に書籍についてしか書かないとか、いろいろ決めてたけど、結局守れずじまいってことが多い。ルールを決めるとスイスイ書けるという人がいるけれど、僕の場合は逆のようです。なので、諦めることにしましょう。自分をあらかじめ細々としたルールで縛るのなんて器用なことはできない人間なのだから、最初からもう諦めてしまえ。これ以上口だけ人間になる前に、自分が何かを成すと決めてしまった場合は胸の内に秘めようと思います。

今すぐにでも、過去に書いた記事を消したい衝動に駆られておりますが、僕にはこの恥ずかしくて死にそうな心が、今はしっかりいい薬になっている気がします。実は今まで目を背けていた部分ではあります。冷静に自分の文章の反省点を見つけて、それを改善していくという当たり前のことをしっかりとやれていなかった。文章をわざわざ添削してくれる人なんていませんからね。今後はどこが悪かったのかというところまで目を向けるために、黒歴史と共に生きていく所存であります。

人に楽しんでもらえる文章を書けるようになったと納得するまでは、ぜひとも続けたい趣味ですよ、これは。