点の記録

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書評『論理の方法』

論理の方法―社会科学のためのモデル

論理の方法―社会科学のためのモデル

 

 論理的な思考が苦手で、ビジネス本中毒者時代は沢山の論理思考本を読んだ記憶があります。そんな中で出会ったのが小室直樹の『論理の方法』です。「社会科学のためのモデル」という副題をみずにBOOK OFFで500円で売られているのを購入し、自分の仕事には使えないからという理由で本棚の奥にしまっていたのを、1年くらい前に読み直してみたら、これはえらいこっちゃ、社会科学入門の書として、こんなに愉快痛快に、面白げに書いてある本は稀有だぞ……ということで、社会科が苦手という人に勧めまくっていたのを思い出します。

 本書の内容としては、社会科学者の故・小室直樹が社会科学のモデルのエッセンスを解説する本です。実は論理の構築法の基礎を教えてくれるものでは無く、過去の大学者がいかに素晴らしい論理を生み出したのかということを解説することに注力した本であり、これに倣って、君もこんな論理体系、モデルをどんどん作って使ってみてようぜ!と言うメッセージが込められた一冊であります。その証拠に、本書冒頭のはしがきには、こう書いてあります。

論理を自由自在に使いこなすのにはどうしたらよいか。その秘訣はモデルを自分自身で作ってみることです。モデルは論理の結晶だからです。 

(中略)

モデルとは本質的なものだけを強調して抜き出し、あとは棄て去る作業です。「抽象」と「捨象」といいます。

(中略)

この本では、世界史的に有名な大学者の作ったモデルを紹介しましたが、それにならって、読者の皆さんも自由にモデルを作ってみてください。

凄いモデルをぜひ作ってみせて下さい。

 丸投げかよ!と思うかもしれませんが、声高に「論理モデルとはこのように作り上げるものである!」と戒律めいたことを言っても、「戒律嫌いな日本人」には響かないと踏んだのでしょう。この「戒律嫌いな日本人」という言葉は、日本人の宗教に対する考え方を論じた小室直樹の著作に頻繁に出てきます。

 さらに言えば、モデルの発生過程などというのは、いくら分析しても最終的には学者の頭の中のできごとです。つまり断定できないのです。他人がその論理の発生過程を知るには、学者本人の証言や、同時代を生きた他の学者や、それまでのモデルからどのような影響を受けたのかということを調べ上げなければなりません。学者の個人史的を論じる場面では役に立ちますが、論理に注目した本書では必要無いということで、論理の理解に必要な情報以外にさほど紙幅を割いていません。

 本書はどこから読み進めても良いように作られていると明言されている通り、章ごとの連関は少ない構成です。ですから、興味ある部分から読んでみて下さい。

 序章はマルクス経済学の「疎外」の解説にはじまり、次章では近代国家と古典派経済学のモデル解説、次いでケインズのモデル(数学わからなくてもわかりやすく解説してくれています)という具合に、経済学系でまとめて解説。その後は文系お待ちかね、マックス・ヴェーバーの宗教モデル解説、さらにはヴェーバーの言う「資本主義の精神」とはなんなのか?という社会学部生は必見の内容です。

 実はこの本、難解な丸山真男の日本政治モデルの解説書としても評価が高いです。丸山真男解説に結構な紙幅を使っています。『日本政治思想史研究』とか『現代政治の思想と行動』などを読んでも全然わからなかった~という人にも強く勧めることができます。丸山礼賛の書き方ではないところも良い。

 また「モデルとは仮説である」という教訓も手に入れることができます。いかに確からしいことを言っていても、社会科学におけるモデルというのは仮説に過ぎません。「抽象」と「捨象」によって特徴を強調し、データを利用して主張を裏付けることで、自分ではない誰かに説明しやすくすることができます。論理モデルを駆使して、社会の動向を分析しようとすることもできます。そのためのモデルです。

 学説を唯一絶対の真理として認識したり、主義主張をモデルであるということに気が付かずに暴走することで、事態を悪化させることもあると、本書の中で著者は繰り返し述べています。日本人は論理やその結晶であるモデルを扱うことになれてこなかったせいで、モデルをモデルであるという認識すること事態も苦手であると言います。ソビエト連邦崩壊を見事に予測した著者の論理に対する視点を獲得できる、良書です。

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