点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

『世界の終わりに柴犬と』/石原雄

世界の終わりに柴犬と (MFC)

世界の終わりに柴犬と (MFC)

 

 Twitterで連載されて話題になっていたのだけど、出始めの時期に読むことができず、結局今になってまとめて読むことが叶った。面白かった。

 柴犬を取り扱った作品の中ではかなり異質な部類になると思う。Twitterで連載されている漫画なので、読んでみて欲しい。

 まず舞台は崩壊した日本だ。人類は主人公の女子高生「ご主人」しか出てこない。そのかわり、ご主人のペットである柴犬の「ハルさん」とは人語でのコミュニケーションが可能だ。ハルさん以外にも多くの動物が登場するが、同様に人語でのコミュニケーションが可能である。なぜ世界が崩壊したか、ということについては語られない。

 「ご主人」は女子高生である。名前は出てこない。世界崩壊前は殆ど高校に行かず引きこもっていたらしい。回想シーンではネットに親しみ、ゲームに明け暮れ、FXで金を溶かしたりしている様子が描かれている。意思決定はハッキリとしており、言いたいことは言う快活さや、崩壊後の世界をサバイブする行動力、生活力は備わっている。

 未成年ではあるものの、「世界が崩壊しているので関係ない」と酒を飲んだり、全裸で海水浴をしたり、札束を火種にした五右衛門風呂を作ってみたりなど、奔放な性格であることも伺える。型破りな言動や思考、多少のひねくれ者の気があり、ボケ役に回ることも多い。猫派の疑いもあるが、しっかりハルさんの「ご主人」としての役割を果たす。

 一方の相方、柴犬ハルさんは「ご主人」を溺愛する以外は常識的である。また、「ご主人」よりも人間くさいところがある。人間界の知識に詳しく、常識的で理屈っぽい。しかし柴犬の性には逆らえないらしく、柴犬の習性どおりに行動したり、人間の文化に対する違和感を指摘するという場面もある。ボケ役ツッコミ役どちらも兼ね備えたオールラウンダーなキャラクターだ。このハルさんによる「異化」(慣れ親しんだ日常的な事物を奇異で非日常的なものとして表現するための手法*1)の度合いがちょうどよく、奇をてらうわけでも、嫌味な感じでも無い。

 この1人と1匹の織りなす会話が、まず何よりかわいい。そして崩壊したあとの世界をかなり何でもありにしているところも面白い。これは登場するキャラクターの豊富さを見れば分かる。

 ハルさんに恋するツンデレのメス白柴、アホのオスハスキー、狸の三兄弟、イケメンゴリラ、その他の野生動物など、まあまあ現実的なキャラの他、グレイ型宇宙人、河童、イソップ寓話の『金の斧』に登場する泉の女神、八百比丘尼、人魚、化け猫、化け狐など、民間伝承や宗教に出てくる架空の動物も登場する。なんでもありの世界観の中で登場するキャラクターたちとの会話も、程よい日常感で疲れずに読める。

 作者あとがきにはこのように書いてある。

「世界の終わりに柴犬と」は只々自由に好きなものを描く為だけにツイッターで始めたものです(まさか一冊丸々好きに描けるとは……)

なぜ世界(人間社会)が終わっているのか…犬は喋るし様々な人外が何故こうも出てくるのか…ギモンはつきないでしょうが、「そんなことありえない・あるわけない」などと言ってくる他者も居ない世界。そんな"自由"な世界を舞台にしてみたかったのです。

そんな世界で唯一変わらないものは、犬と飼い主の関係性だけです。

 見事に狙い通りの世界を、高い画力とユーモアで描いている作品だと思う。今後もこの二人のパートナーシップを見守っていきたい。まだ連載中の作品に、久しぶりにハマった。続きが楽しみという感覚は久しぶり。応援しています。

好きなお話。

*1:wikipedia異化」より引用