点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

猫舌は矯正しない方が幸せなんじゃないか

 弟が猫舌を克服したと言うので、どのような方法であるのか尋ねた。

 弟が言うことには、猫舌というのは、食べ方・飲み方の問題であり、それを矯正することによって克服可能である。猫舌の人は、熱いものを口に含む際、舌の先端に当ててしまう。これが良くない。熱い食べ物・飲み物は、なるべく舌の中腹に当てるようにして口内に招き入れてやる。そこは熱さに対して鈍感なので、熱々のものを楽しむことができるというわけだ。

 ネットで調べると、確かに同様の話が出てくる。それだけ悩んでいる人が多いのだろうという印象を受ける。

 日本食には熱いものが多い。緑茶もアツアツにして飲む。熱いものは季節に関係なく食事に登場するから、確かに猫舌の持ち主には少しばかりキツイかもしれない。日高屋でライスを頼むとスープも一緒に出てきたりするが、あれ要らないから値下げしてくれ~とか思ったりするかもしれない。例えがセコくてごめん。

 もちろん、猫舌の人の中には己の敏感舌(なんかエロい)を恥じること無く、堂々と冷ましてから口にはこぶ人も居るだろう。だが、僕の弟のように克服してまで熱いものを味わいたいという努力家もいるのだ。これはどうしてだろうと考えてみた。

 おそらく「冷めてしまうと味が落ちる」という事を言う人がいるからではないか。こういう人たちのせいで、猫舌の持ち主が、冷めたコーヒーやお茶、スープや鍋、レンチンしないと食べられないコンビニ弁当などを食そうとしたとき、なんだか損をした気分になるのではないか。

 わざわざ熱いものを頼んだのに、時間をかけて劣化させている気分になったりするのかもしれない。そこまでの悲観主義でなくとも、猫舌は克服されるべきものであるという価値観が、猫舌界隈には刷り込まれているように感じる。

 だが、熱いものをポンポン頬張ったりズズッと飲んだりすることができることは、さほど身体に良いとは言えないのだ。

 学生時代、何に影響を受けたか知らないが、「おでんは上あごの皮をデロデロにしながら食うのが美味い」と訳のわからぬことを言いながら、熱々おでんを貪り食っていた先輩がいた。風のうわさによると、この先輩は後に逆流性食道炎になりかけることになる。この先輩との出会いは、その後の僕の「猫舌観」を変えた。

 ちょっと考えれば分かる当たり前のことをわざわざ言うならば、人はみな、熱いものを食べたり飲んだりすると、多かれ少なかれ、口腔内や食道にやけどを負う。それは、猫舌であろうがなかろうが、関係が無い。

 口腔内や食道はご承知のとおり粘膜である。非常にデリケートだ。それをズタボロにしてまで熱いものを食べたり飲んだりすることに、果たしてどれだけのメリットがあるのか。むしろ、上述の先輩のように逆流性食道炎などの病気の原因になる。もっと言うと、食道がんのリスクが増えるという情報まである。

 ちと古い記事で恐縮だが、ハフポストがこんな記事を出していることもあった。

www.huffingtonpost.jp

WHO(世界保健機関)の専門機関IARC(国際がん研究機関)は6月15日、「非常に熱い飲み物には、おそらく発がん性がある」と発表した。

IARCでは「非常に熱い飲み物」を「65℃以上の飲み物」と定義している。IARCのクリストファー・ワイルド博士によると「中国やイラン・トルコ・南米など、70℃以上でお茶を飲む地域の研究で、食道がんのリスクが増加したことがわかった」と説明。その上で「非常に熱い飲料を飲むことは、食道がんの原因の1つだと推定される」と述べた。

ヨーロッパ諸国では、コーヒーや紅茶などは通常60℃以下で飲まれている。これは、ミルクなどを入れて飲料の温度を下げていることも関係している。

引用元:https://www.huffingtonpost.jp/2016/06/15/very-hot-drinks-probably-cause-cancer_n_10494612.html(2019年5月23日閲覧)

 これらのことから、猫舌の持ち主は幸運であると言いたい。用心深い舌使いを人生経験からマスターしたおかげで、現代病のひとつである食道がんのリスクが減る……かもしれない。現時点の医学が示すところによれば、猫舌は矯正せずに放置し、猫舌でない人も、熱いものはある程度冷ましてから食べるようにしたほうがよろしい。

 子どもが猫舌を気にしているならば、それは才能であると褒め称えるべきだ。猫舌をバカにしてくる奴らがいると悩んでいたならば、「そいつらに、『お前らの方こそ食道ガンになっても知らないぞ』と言ってやれ」と教えるべきである。

 いじめが起きないことを祈る。

 こういう意見にひとつ反論するならば、食体験というのはメリット・デメリットで語られるものではなく、その人がどれだけ満足できるかという事が重要であるというものだ。人は何かを食べたり飲んだりすると同時に、味以外の様々な情報を食体験にくっつける。既に日本の中には、「寒い冬にこたつを囲んで熱々の鍋を頬張ること」や「朝の目覚めの一杯に熱いコーヒーを飲むこと」や「夏にも関わらず熱々の火鍋を汗だくになりながら食べる」などの食文化が認められてきた。

 熱々な食べ物を取るか、健康を取るかというのは、もちろん個人の自由である。こんな事を書いておきながら白々しいと思うかもしれないが、熱いものが好きであればそれを否定しようとは思わない。ただ、猫舌をわざわざ矯正してまで、熱いものを好きなろうという努力をする価値というのがあるかどうか、ということを問いたい。僕は無理せず、熱いものは冷ましてから食べたり飲んだりするほうがよろしいように思う。

 だから弟よ。猫舌にもどれ。無理矢理に熱いものを食べる必要など、病気と天秤にかければゼロに等しいだろう。そうだろう。

 

 蛇足だが、この文章は学生時代にたこ焼きプレートを購入したものの、ついぞたこ焼きパーティーをする機会も無く、青春時代を終えた僕へのメッセージでもある。みんな楽しそうだった。僕は誘われなかった。それか、金がなかったので、誘われても「バイトがある」と嘘をついて欠席したりした。

 おのれ金持ち大学生め。タコパでウェイウェイしている様子をインスタとかFacebookにあげているやつら、みんなベロとか上顎とか食道とかただれてしまえ!とか思っていた。そんな罰当たりで、不毛で、陰湿な邪念を抱えていたことをここに告白し、懺悔すると共に、猫舌に悩む人々に対して優しくあることをここに誓います。

 猫舌、ダサくない!

 ちなみに鍋パはしたことある。それから2~3日の食事体験が最悪になるくらい、口の中にやけどを負った。なぜそんなバカな食べ方をしたのか。それは僕は猫舌ではないからである。

 おしまい。