点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

解釈違いを恐れずに──『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』

小説を楽しく読めるようになる本

白状する。書評を読んで、その本を「面白そう」と思うことが、あんまり無い。

大体は「こんな捉え方があったなんて!」という平凡な感想か、「この評者のフレームワークを取り入れたい」というできそうもない向上心を持つばかりである。

つまり、「その書評自体が面白い」と感じてしまって、本に手が伸びたりすることが、あまり無い。

だがこの本は凄い。

筆致軽やかに、やらわかに、寄り添うように、読みやすい文章で名作解釈を摂取でき、ついでに、小説を楽しむテクニックを学ぶことができるという本なのだが、取り上げられている書籍を是非とも読んでみたいと思わせる。そして何より、その書評そのものも、とても面白い。

こんな風に、魅力的にその本について語れる能力が欲しい。

自虐はさておき、著者のご紹介。

三宅香帆さんは京都大学大学院 人間・環境学研究博士課程を修了した方。アカデミックな環境でバリバリに文芸作品を研究されていた方。専門は萬葉集。『妄想とツッコミでよむ万葉集』も面白い。こちらもオススメ。

猛烈にネタバレとなるが、あとがきを読むとこの本の正体が分かる。

 もはや本文読んでくださった方にはバレバレだと思うのですが、本書はみんなに小説を読むコツを伝授する、という名目で、私が「小説って面白いんだよ!ほらー!!」 と好きな小説について語りたいだけ語る本でありました。

たしかに。書籍タイトルから想像されるハウツー本というより、著者がノリノリで書いた書評集としての印象が強い。

ただし、もちろん小説を面白く読む方法も教えてくれる。解釈の仕方や読み解き方のフレームワークを分かりやすく説明し、実際にその後、著者本人が名作を解体していく。それも、めちゃくちゃ楽しそうに実践している。この人、本当に小説好きなんだなぁと思わせる。

では、名作小説を面白く読む方法とはズバリなんなのか。著者が挙げる基礎のテクニックは、「テーマの抽出」、「メタファーの分析」、そして「日常の生活を送る」だ。

基礎を読み取る:テーマの抽出

小説には複数のテーマが混在している。著者は夏目漱石『門』を例に挙げる。

『門』には、「夫婦」というテーマがあり、ほかには「近代という社会のなかの生き方」 というテーマ、あるいは「政治や社会に対してどういう姿勢でいるか」といったテーマもある。ようは、「悩み」の切り口がたくさんある。

このように、小説には悩みがあると思考してみる。作家が持つ問題意識の複合体が小説なのだ。

ところで、どういうときに、小説を面白いと感じるか?

著者は、「自分の持つ悩み、つまりテーマが、その小説と呼応するとき」に、自分にとっての掛け替えのない一冊になる可能性が高いと見る。

つまり、面白く読もうとするならば、「この小説の悩みは何か?」「何がテーマであるか?」を問いながら読みすすめるようにすることを、著者は勧める。

いやいや、そんなん当たり前じゃね?とか思うでしょ。意外とやらずに、漫然と読んで、ほーーん……で終わっている人多いと思う。テーマが分かると、自分の価値観との照らし合わせが可能になる。掴みどころのない小説も、たちまち考える切り口が生まれる。

なんだか小説を読んでも、気の抜けたビールを飲んでいるようだと思ってしまったことがる人は、是非やってみてほしいテクニックだ。

体験を倍増させる:メタファーの分析

テーマが分かったのなら、比喩の分析だ。この比喩の力は、ほぼ無限大である。

どのように使うのかといえばもちろん、小説で描かれるシーンや、セリフ、人の動きなどが、実は別のものを表している──比喩であるのではないかと疑ってみることだ。これは、考察が大好きなオタク達がよくやっている「解釈」に非常に似ている(と言うと怒られるかもしれないが、確実に似ている)。

僕も、テーマがはっきりした小説を読み進めていくと、まれに「この描写はこのテーマに関する、どれそれのメタファーなのではないか!?」と発見することがある。この瞬間、最高にアドレナリンが分泌される感覚がある。つまり、そうしたことを、自主的にやっていこうということだ。

著者は、このメタファーの力を身につけることで、どんな物語(小説に限らず映画など)も面白くなると主張する……のだけれど、真面目な読者諸兄姉は、次のようなことを思うだろう。「それは作者が意図したのだろうか」と。

しかし著者は、僕らに翼を授けてくれる。

 でもここで大切なのは、「作者の意図」と「表現が表すメタファー」は、必ずしも一致しなくてもいいんだ、ということ。
 ちょっと複雑なんだけど、つまり作者が意図していなくても、勝手に表現が、メタファーを作ってしまうことがある。大切なのは、作者がどう考えているかじゃなくて、その表現から、私たちがメタファーとして裏の意味を引き出すことができるか?ということだ。 

他者の意見を参考にするもよし、作者のインタビューを信奉するもよし。しかし、もう少し自由に作品を捉えることで、より深みのある小説体験ができるようになる。

実際に、書評パートを読んでみると、定説的な解釈のその後に、著者独自のテーマ・メタファー分析が書かれている。内容に賛同するかはともかくとして、これが、何度も言うように、めちゃくちゃ楽しそうなんですわ。こんな風に本の魅力を伝えられるようになりたい。

話を戻す。大事なポイントは、解釈違いを恐れずに、自分の解釈をのびのびと楽しむこと。これが、作品の体験を倍増させる。

心に刺さる一冊に変化させる:「日常の生活を送る」

そして最後に、「日常の生活を送る」ことで、バチボコにぶっ刺さる本を見つけることができるかもしれない。

小説にはテーマがある。それは悩みの切り口である、と著者は言い換えた。

著者は、多くの人に受け入れられた小説というのは、多くの人が持つテーマに共鳴し、そこに埋め込まれたメタファーが、無意識のうちに機能することによって受け入れられたのではないか、という見方をしている。

 

俗な言い方にするならそれは、「分かりみが深い」ということなのだ。分かりみが深い本は、間違いなく面白い。

面白い本には、ほぼ全てに分かりみが深い部分があると言っても良い。新しい視点を授けてくれる文芸以外の本だって、分かりみが深くなければ右から左に流れるのだ。

であるならば、日常感じている喜怒哀楽の体験は大事にしておいて損はない。分かりみフックを作っておくのだ。辛い体験や悩ましい体験も、小説を読む武器になる。また、小説は逆に、日常を生きる上で武器になる。

 たとえばうまくいかないことのほうが多いよなあ、と感じても、小説にはうまくいかないことのほうが多く書かれるもんだし、これを体験すれば小説をより楽しめるようになるよ、と私は私を励ましたりする。
 そういう愉しみが増えるだけで、日常生活をがんばろう、と思えたりも、する。
 だからこそ、小説は現実逃避なんかではなく、日常を戦うためのものでもあるし、日常と戦ってくれる存在でもある。

小説を楽しむには、日常とどれだけ向き合っているかというのが重要である。

本を楽しく読んでいるか

これまでに述べたテクニックは全て、小説を正確に読むための技術ではなく(そもそもそんな技術は存在し得ないが)、小説を面白く読むための技術であることに注目したい。そして実際に、この本で取り上げられている名作の読み方は、読んでいていめちゃくちゃ面白い。

正確に文章を読み取り、描写を頭の中で構築する能力だって必要なんだろうけれど、それだけやったって面白い読書体験になるかどうかは分からない。それよりも、自分の感覚、抱えるテーマ、理解と分析が可能なメタファー……などに、引き寄せてしまったほうが、ぐんと面白みは増すのだ。

著者がそれを体現している。あなたが読んでいない名作も、「小説って面白いんだよ!ほらー!!」 の声に引っ張られて、岩波文庫や、光文社古典新訳文庫を手に取る日が近いかもしれない。

上記3つのテクニックは、著者いわく基礎の部分である。実際にはさらに細かなテクニックが散りばめられているが、それは実践の形で読者の前に現れる。

本体である書評部分は、ぜひとも手にとって読んでいただきたい。

 

妄想とツッコミでよむ万葉集 (だいわ文庫)

妄想とツッコミでよむ万葉集 (だいわ文庫)

  • 作者:三宅香帆
  • 発売日: 2019/12/12
  • メディア: 文庫
 
人生を狂わす名著50

人生を狂わす名著50

 
副作用あります!? 人生おたすけ処方本

副作用あります!? 人生おたすけ処方本

  • 作者:三宅 香帆
  • 発売日: 2019/09/19
  • メディア: 単行本
 
文芸オタクの私が教える バズる文章教室 (サンクチュアリ出版)

文芸オタクの私が教える バズる文章教室 (サンクチュアリ出版)

  • 作者:三宅香帆
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)