点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

衝動性と先延ばしのカンケイ──『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』(CCCメディアハウス)

この時期になると、翌年1年間どのようにしたいか?というテーマが、世間話からガチトーンな飲みの席にまで頻出する。

「来年は痩せる」「来年は仕事を変える」「来年は貯金をする」「来年は彼女作る」「来年は英語の勉強をする」などなど。来年は……来年は……と夢想するのはとても楽しく、日々の辛くうだつの上がらない人生が、もしかすると来年チャラになるかのような錯覚を覚える。

しかし、上に列挙したような中・長期的な目標というのは、残念ながら達成確率が低い。理由は様々あるが、あえて厄介なものをひとつ挙げるなら、ヒトは何かと「先延ばし」をする生き物であるからである。そして先延ばしグセは、なかなか治らない。

ピアーズ・スティール著『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』(CCCメディアハウス)を読むと、ヒトたる我々がいかに「先延ばし」という行動を律することが難しいかという理由がわかる。ビジネス本のスメルがしないこともないが、先延ばしグセがある人は一読する価値がある一冊だと思う。

本書を貫く主張は、「衝動性が強いと、先延ばし傾向が高い」である。

そもそも、我々ヒトは、衝動性の発達進化の過程で先延ばしを獲得した。狩猟生活を行う上では、「今、このときをどのように生き延びるか」「どのように効率よく食べ物を手に入れるか」「どうしたらたくさん子を成せるか」という、直感的で素早い思考が非常に有益である。ヒトはこうした思考の傾向を強めたことで生き延びた。

ただ、お分かりのように、そうした思考は現代人に必要とされるような、中長期的自己研鑽を遂行するにあたっては不都合はなはだしい。

残念ながら、現代人の身体構造は、狩猟生活をしていた頃とそれほど変わらないらしい。身体は原始時代のまま、社会が個人に求めるものは、より中長期的な努力が必要なものに変化した。ミスマッチが発生しているのである。

つまり衝動性とは、食欲や性欲など、生きるのに必要な欲求のことだけ考えていればOK、それを考えることが最適であった時代に起きた進化の副産物である。捨てるほどに飯があり、安全な場所で性交渉ができ、夜ぐっすり眠れる現代においては、かつて必要だった思考が過剰だと、他の大事なことを先延ばしにしている、ないがしろにしていると言われてしまうようになったのだ。

ちなみに、農耕がはじまった約9000~10000年前から、さっそく先延ばしの問題が出現することになる。社会に「いつまでにこれをする」という「締め切り」が発生した。本書によると、4000年前のエジプトで使われていたヒエログリフには「遅延」を表す表現が8種類も存在するという。

本書を読んで驚いたのは、代表的な宗教的な書物、古代ギリシャ哲学書に至るまで、「先延ばしは悪である」という趣旨の記述や文言がとても多いということ。いかに人類が現代に至るまでの間に、「先延ばし」によって憂き目にあってきたかが伺える。

「衝動性を抑える」「自己をコントロールする」というテーマは、農耕の黎明期から現代に至るまで、最も重要な個人的問題だったのだ。先延ばしを正すには、遺伝子が放つ欲求を超える工夫が必要である。

さて、どうしたらヒトの習性を超えて、衝動性を抑え、先延ばしを律することができるか。

本書では様々なテクニックが紹介されているが、僕のような先延ばしのプロ、サキノバシスト、つまり重症患者に向けて著者が用意したプランがある。それは、「先延ばしグセを自覚する」ことだ。

自分の最大の弱点が、意思の弱さであると自覚せよ。「今回だけ」と先延ばしを許すと、ずるずると他のことも先延ばしにする可能性があると想定せよ。そして、過去行った先延ばしによって、自分や他人がどれほどの不利益を被ってきたかということを記録するのである。

気が滅入る作業だが、まずは自分が衝動性の高い人間で、どのような状況でそれが発動するのかという傾向を掴むことで、対策を打つことができる。傾向が理解できない試験はパスすることが難しいのと同じように、自分の無意識が取る傾向をメモしてしまうのだ。

本書には、衝動性の強さと、先延ばしを3タイプに分類しているので、自己診断用紙を遂行するだけで、ある程度自分のクセがわかるだろう。

自己嫌悪感に苛まれない程度に先延ばし人間であると自覚したなら、今度は対策を打とう。ここでも、本書で紹介されているテクニックを少し紹介してみる。

まずは、少しでも自分の興味のある分野で、現在の能力を少しだけ高めるような小さな目標を設けてみる。少しずつ達成するような制約を設けてみたりすると、自分は欲求をコントロールできる人間だという自負心が養われる。成功体験は、「どうせ無理だ」という逃避型の先延ばしの芽を潰す。

その達成計画には、失敗することや想定される障害も視野に入れて、ピンチに陥ったときの対処法を考えておこう。失敗によって起きるモチベーション低下のダメージを最低限にしてしまおう。

さらに、もし将来に希望を持てるくらい心に余裕がある人は、思いきり夢が実現した世界で遊んだのち、現実に戻ってみよう。そして目標とのギャップを感じてみるといい。現在の自分の行動様式では絶対に達成できないことを自覚し、日々のつまらない努力でも、毎日続けようという価値を見出すことができるかもしれない。(心理対比というテクニック)

さて、ここまで「マジで当たり前のことしか書かれていないな」と思ったことだろう。

そのとおり。しかし衝動的な人間は、ここまで自分の欲求のコントロールに、そもそも関心を向ける機会が無いまま育ってきてしまったのである。

さて、衝動性が高い人は、すぐに効果の出る技法がこの本に書かれていると思うかもしれないが、奇想天外かつ効果てきめん、1度実践するだけで衝動性を解決する手段は無い。自己啓発のファンタジーは諦めて、地道に、衝動性を発揮させない環境を作ったり、思考回路を矯正するしかない。ゆっくりやっていこう。

元も子もない話だ。しかし、これが僕の来年の目標である。

2021年のテーマは、「衝動性を抑えながら毎日を生きる」だ。
地味に、愚直に、非ドラマチックに。

さて、この記事を書くことで先延ばしにしていた部屋掃除を再開しよう……。

<関連書籍>

絶対に名前で損している本。心理対比の研究家で、本書にもこのエッティンゲンの研究をベースにしている部分が見受けられる。

「システム1」「システム2」という二重過程モデルを、行動経済学という分野とともに世に知らしめた、心理学書ではおなじみのヤツ。衝動性と理性の関係をより学びたいなら読んでおけ!