点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

今、読んでほしい本『フェイクニュースを科学する』

冷静にフェイクニュース現象に眼差しを向ける

笹原和俊フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論プロパガンダのしくみ』はタイトル通り、フェイクニュースのメカニズムを、計算社会科学*1という新しい科学分野を専門とする著者の視点から、分かりやすく解説したものだ。

流れをざっくりと。全6章立て。

第1章では、2016年に噴出したフェイクニュースを巡る近年の動向を捉え、社会問題としてのフェイクニュースの大まかな流れを掴む。フェイクニュースが現実の人間を動かした例を知ることで、決してバカにできない問題であると分かる。

そして、フェイクニュース現象を分析する際は、「偏見や歪んだ信条を持つ情報生産者──無批判的消費者」という単純な図式ではなく、様々な利害関係のネットワーク、経済的政治的な思惑、メディアやジャーナリズムなど、様々な要因の相互作用による、複雑なひとつのシステム「情報生態系」と見立てることの重要性を説く。

第2章では「見たいものだけ見ようとする人間の認知バイアス、第3章では情報収集する際に使うテクノロジーの質により、いかに我々が「見たいものだけ見せてくる環境」の中に居るのかを解説。第4章では、情報の濁流の中にいる人間が、どれほど注意深さを失い、誤情報を拡散してしまうのかということについて述べられる。

第5章では一人ひとりの気づきと心がけ、つまりメディアリテラシーの向上とファクトチェックの重要性について語り、AIがその補助を担うための研究が進められていることを知れる。

以上の事柄を踏まえ、第6章では全体の総括をする。詳しくは実際にお読みいただきたい。この記事では、個人的に面白かった第2章について書きたい。

 

SNSを利用する上で覚えておいたほうが良い「認知バイアス

SNS上で偽情報が拡散されやすい要因の一つに、「認知バイアス」がある。

 世界は情報で溢れています。すべての情報を精査してから、最適な判断や行動をするというのは不可能です。そんなときに私たちがすることは、直感や先入観に基づいて注目すべき情報を限定し、過去にうまく行った行動パターンを選択するということです。

 私たちが持つこのような傾向を「認知バイアス(Cognitive Bias)」と言います。(P.52)

人間の進化の過程でうまく機能してきた認知バイアスは、フェイクニュースとどのように関係しあっているのか。

引用箇所にあるように、ヒト科は既に自分が持っている先入観に引っ張られながら物事を処理する。ということは、あるニュースが目の前に現れたとき、事実かどうかを確認するよりも先に、過去似たようなニュースがフェイクでは無かったり、自分の信条と同じだったりすれば、正しい情報だと判断してしまう。これが原因で、それが誤った情報でも、拡散する可能性が高いということだ、

 

紹介されている認知バイアスの一例を挙げる。

  • 認知的不協和:自分の信条と矛盾する事実に出会った不快感のこと。この不快感を解消するために、大抵の場合は、自分が持っている信念と矛盾しないように、事実に対する認識や行動を変化させる。*2
  • 確証バイアス:自分の価値観に一致する情報を集め、それと矛盾する情報を無視する傾向。
  • 利用可能性ヒューリスティック:繰り返し伝えられる情報は正しいという認識が生まれ強化される傾向。似ている概念に「同調圧力」や、「バンドワゴン効果*3など
  • 情動伝染:喜怒哀楽は人に伝わっていく。フェイクニュース関連で言えば、「怒り」の情動は「喜び」「悲しみ」「嫌悪」に比べ感染力が大きく、三次先(友人の友人の友人)まで広がる傾向にある。

それぞれがどのように偽情報の伝播に関わるか、詳細については本書を読まれたい。ただ、上記のような人間の思考の偏りにより、拡散されやすい偽情報というのは、以下のような性質を一つ以上持っていると著者は説く。

  • 受け手の意見や価値観、思い込みや偏見に合致するニュース
  • 受け手の(道徳)感情を刺激するニュース
  • みんなが評価しているニュース 

 拡散のしやすさに関するこれらの性質は、ニュースの真偽とは関係が無いことに注意する必要があります。 (P.77)

個人は何を気をつけるべきか

本書を読むことの意義は、「自分が手に入れた情報が事実と異なっていた場合、修正するのが非常に難しく、また誤った情報の拡散をしやすい世界に生きていることを自覚できる」という点にある。ヒト科の習性と社会状況のWパンチである。

認知バイアス」や、情報入手媒体であるSNSなどに見られる「エコーチェンバー」*4「フィルターバブル」*5などの存在を知ることが、「悪気は無かった」という無責任な反省をしないための第一歩である。

そして身も蓋も無いことだが、メディアリテラシーの向上と、ファクトチェックの重要性を、自分の価値観の中に取り入れるしか無い。そこで役に立つものとして本書で紹介されているのは、ワシントンDCに2019年まで存在したニュースジャーナリズムの博物館「ニュージアム」で紹介されていた教材「ESCAPE Junk News」だ。

このアナグラムを意識しながら、ネットニュースに当たりたい。

・Evidence(証拠):その事実は確かかな?
・Source(情報源):誰がつくったのかな?つくった人は信頼できるかな?
・Context(文脈):全体像はどうなっている?
・Audience(読者):誰向けに書いてあるの?
・Purpose(目的):なぜこの記事がつくられたの?
・Execution(完成度):情報はどのように提示されている? (P.152) 

類書にない魅力

メディア論やジャーナリズム論からではなく、計算社会科学という定量的なアプローチによって、フェイクニュースのシステム研究と誤情報の拡散防止策を検討する、類書にはない客観性が見受けられる。このおかげで、終始冷静に、人間の不合理な営みとして、フェイクニュースを俯瞰できる良書かと思われる。

専門的な話も多々出てくるが(というかそれがメインだが)、文章がとてもわかり易く書かれている。それがまた、僕のようにリテラシー能力に問題がある人間にとってはありがたい。

本文中にも言及されるが、本書の中心テーマは、「人間とデジタルテクノロジーの相互作用がいかにしてフェイクニュースの拡散を引き起こすのか(P.20)」である。

フェイクニュースを扱う書籍は、最終的に著者の政治的ポジショントークが展開されるなどして辟易することが多い。本書の場合は、政治的な評価が殆どないため、あなたの政治信条が右だろうが左だろうが、安心して読むことができるはずだ。

強いてあるとするならば、「事実無根な情報により、不特定多数の人間が振り回される事は望ましくない」という、至極当たり前といえば当たり前のポジションで書かれている本だと思う。

繰り返しになるが、あらゆる要因で、たとえ知的な人物であっても、現在我々ヒト科は騙されやすい状況下にあると自覚することができる良書だ。

*1:「大規模社会データを情報技術によって取得・処理し,分析・モデル化して,人間行動や社会現象を定量的・理論的に理解しようとする学問」(計算社会科学研究会 ホームページhttps://css-japan.com/about/より引用)

*2:例として。「喫煙は身体に悪い」→自分は喫煙したい→身体に悪いVS喫煙したいという矛盾で不協和状態に→解消するために、禁煙する(行動を変化させる) or 「喫煙していても長生きする人がいる」などの情報を参照する(事実に対する認識を変化)

*3:消費者が他人に遅れないよう物を購入する現象。また、選挙などで、優勢と報じられる候補者に対して有権者の支持や票が集まりがちになる現象をいう。(デジタル大辞泉より引用)

*4:SNSで主張したとき、自分と同様の意見ばかり帰ってきたり、流通する状況。閉鎖的なコミュニケーションにより、確証バイアスを強め、自分たちの情報を修正する可能性が減少する。個人的には、2020年1月現在に発生中の、大手IT企業によるトランプ大統領とその支持層の締め出しは、エコーチェンバーを生み、状態を悪化させる可能性が高いのではないかとヒヤヒヤしている。悪い予感は外れますように。

*5:利用者の個人情報を学習したアルゴリズムにより、利用者にとって興味関心あるニュースのみが届く状況のこと。ただし、アルゴリズムよりも、社会的ネットワーク(つまりはエコーチェンバー的なもの)によって、届く情報の偏りが出ているとする研究結果もある。著者は、フィルターバブルが存在すると決めつけるのは、データが出揃っていないため早計であるが、フィルターバブルのメカニズムを知ったうえで、その効果を緩和する技術の開発も必要であるとしている。