点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

断定する人は科学的に怪しい──吉森保『LIFE SCIENCE』を読んで

一言で本書を説明するならば、細胞生物学とオートファジーの基礎的な知識を学べる書籍だ。しかし注目すべき点がある。第1章が丸々「科学的な思考とは」というテーマで書かれていることだ。

個人的にはこの部分を伝えるために、著者は本書を著したのではないかと思う。あとがきにもこうある。

私が本を書きたいと思ったのは、東日本大震災での原発事故や2020年のコロナ禍など、さまざまに起こる、科学が絡む出来事に「科学的に考えることや少しの科学的知識は、ふつうの人々にとっても正しく怖がるために役立つのではないか」とずっと感じていたからです。

不用意に不安を煽るマスコミと、無責任なコメンテーター、Twitterにはびこる自称専門家が我々の目を曇らすとき、それに対処するのに必要なことは、我々も科学のリテラシーや知識を、少しでも、ある程度で良いから身につけるということである。

なぜその必要性が出てきているかと言えば、著者の言う通り、科学が我々の「日常」生活に、明確な影響を及ぼし始めているからだ。科学的ニュースを無視できる時代は終わった。

特に生命科学全般は新型コロナウイルス感染症の影響によりほぼ全人類の生活に多大な影響を及ぼしたし、遺伝子解析・編集技術などは普段我々が食べる食品から遺伝要因の病気の治療方法に至るまで関与するものだ。

科学技術は以前より格段に進歩のスピードを増しており、私たちの社会に素早く広い範囲で浸透します。(中略)

 つまり一般の市民が、新しい科学技術に直接的に影響を受けるのです。そういった状況では、ひとりひとりが自分で考えなければいけません。限られたことしかわからない専門家に任せてはいけないのです。

2021年4月15日現在、関西地方の新型コロナウイルス感染再拡大と、ワクチンの副反応の話題が日本を覆っている。この状況下の中で覚えておきたい本書のメッセージとしては、「断定する人は科学的に怪しい」というものだ。

本書の言葉を借りて「科学の基本」を説明するならば、仮説と検証が科学の基本である。

著者は、100%間違いない結論、いわゆる真理というのは、科学の力であっても導き出すことはできないとしている。科学の力で得られるのは、「真理に近いよい仮説」だ。ある仮説を立てて、それが確からしいことを証明するには、検証するほか無い。反復可能な知を扱う分野において、正しく検証されていない仮説や学説を、「エセ科学」と呼ぶ。

新型コロナウイルスにまつわる説は様々出回っている。そのほとんどは、通常の感染症被害を分析するよりも少ない検証により公開されているものだ。著者によると、なぜそうした科学的には不十分とされてしまう可能性がある検証結果や仮説が公開されているかというと、待ったなしの状況だからだという。

なので、どれだけすごい専門家であってとしても、不完全な仮説しか出せていないということを念頭に新型コロナの情報にあたる必要がある。我々一般市民からすると、「そんな無責任な!」と思うかもしれないが、科学的に正しい情報を得るには、データが出揃い、それを元に質の高い検証と分析がされるのを待つ必要がある。

そのため、ほぼすべての情報が「真理に近いよい仮説」とすら言えない現在の状況では、早急な判断や決断を迫るような、断定的な文言でコロナに関する分析や仮説を提唱している情報には、厳しい目を向ける必要がある。

多くの仮説が出現することは我々の目を曇らせるが、科学にとっては検証やデータ分析の切り口を増やすことになるので、決して好ましからざる状況ではない。なので、安易に情報に振り回されないリテラシー能力を、我々が獲得することが望まれる。

 

本書は、昨今特に問題になっている医療デマに振り回されないような思考方法を、読み進めるごとに我々に教えてくれる。特に、「相関関係」と「因果関係」を整理しながら解説してくれるのがとてもためになるだろう。どのようにすれば因果関係を説明できるのかという部分は、科学的思考が苦手な僕のような人間には一読の価値がある。

科学的思考を解説する第1章を終えると、第2章からは著者の専門であるオートファジーや、細胞生物学の基礎の基礎を解説する。ここでも第1章で解説した科学的思考になぞり、その仕組みを解説する。この部分は、僕のようなド文系の人間であればあるほど面白いと思う。

研究者がどのように思考するのかを、学術的な現場にいない我々にも伝わるように丁寧に順を追って説明してくれる書籍というのは、そうした思考方法自体を取り扱った書籍以外ではなかなか見ない。中学生でも理解できるレベルの日本語で書かれており、生物が苦手であると自認する人でも読みやすいと思われる。

書籍の看板は、現在注目されるオートファジーや老化防止だが、書籍を貫いているのは「科学的思考の重要さを伝え、それを疑似体験させる」という姿勢だ。

そこに著者の意気込みを感じる良書。