点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

北欧は本当に幸福か──マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』

限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか? (角川書店単行本)

幸福な北欧の人々

僕のような煩悩の塊と化した現代の日本人が北欧の国々を見るとき、ひたすらに羨ましく思えてくる。だが、同時に「実際のところどうなんだ?何年も連続して幸福度が高いって、本当なのか?」という疑問を持つ。

その疑問に、ある程度面白い偏見を交えながら答えてくれる本が、『限りなく完璧に近い人々』である。

本書はフードジャーナリスト、トラベルジャーナリストとして知られるイギリス人マイケル・ブース氏による、北欧めった切りの書である。『英国家族、日本をたべる』は日本でアニメ化されるなどして知られている。文化に対する視線の熱量とシニカルな視点から繰り出される毒舌が癖になる。

ランキングで見る北欧五カ国

本書で取り上げるのは狭義の北欧国であるデンマークアイスランドノルウェーフィンランドスウェーデンの五カ国だ。この五カ国、世界幸福度指数(HSP)では毎回上位にランクインする。2021年のランキングを見ても、
1位 フィンランド
2位 デンマーク
4位 アイスランド 
5位 ノルウェー 
7位 スウェーデンである。

ちなみに、日本は45位、米国は105位だ。

さらに近年注目されている社会的流動性(社会階層間の変化しやすさ)は、軒並みランクインしている。この値が高いほど、貧困層中流階級にのし上がるなど、社会的階層間の動きがあり、本人さえその気になれば、生活を変化させやすい社会構造である確率が高いと言える。

1位デンマーク
2位ノルウェー
3位フィンランド
4位 スウェーデン
5位アイスランド

ちなみに、日本15位、韓国25位、米国27位、中国45位である。

国民は幸福であり、格差はあれどそれを是正する仕組みが社会に備わっており、税金は高いが、世界にも類を見ないほどに社会民主主義が実行され、所得の再分配が行われている……それが北欧のイメージだろう。

特に日本人は税金が高いのに社会福祉や教育機会均等に金が回らず、隣の芝生が真っ青に見える状態だ。また、働きすぎの日本と比べると、驚くほど働いていないのにも関わらず、一人あたりGDPは五カ国全てで日本を上回る。泣けてくる。

本当に幸福なのか?──各国の社会問題

いやいやしかし、実際どうなんだ?著者が五カ国を渡り歩き、政治家、学者、町中の人々、友人たちにインタビューしてみると、青い芝生の中にも枯れ草が、バラ色に見える社会にも棘があることが判明してくる。

デンマーク

デンマークは五カ国の中でも健康関連のスコアが悪いらしい。

世界がん研究基金の最近の報告によれば、デンマーク国民のがん罹患率は世界最高(10万人あたり326例。英国は267例で第23位だ)だ。また、北欧諸国のうち平均寿命が最も短く、アルコール消費量が最も多い。あの大酒飲みで有名なフィンランド人の上を行っている。(データは本書執筆時のもの)P.55 

主要産業のひとつにタバコ産業があって、禁煙ムードが中々沸かないこと、脂質の多い豚肉の加工肉を好んで食べること、甘いお菓子が大好きなことなどが原因とされる。

労働意欲の低下も問題となっている。給料の9割を保証する2年間の失業保険があるおかげで、遠慮なく会社を辞めることができる一方、それを頼りにして暮らしているフリーライダー問題が発生している。

アイスランド

アイスランドでは2008年のリーマンショックを堺に経済が崩壊した。

アイスランド大学の人類学教授のギスリ・パルソンによると、1983年に導入された漁獲割当制度の導入、91年に割り当てを売買することと、将来の漁獲量を担保に借金ができるようにしたことが、2008年の経済危機に大いに関係していると指摘する。

「最初の漁獲割り当ての所有者は一夜にして大金持ちになりました。最終的にすべての割り当てが、15社程度の民間水産会社の手に渡ったと考えられます。その後、所有権は隠蔽され、所有者が不明瞭になりました。やがてその所有者たちは、利益を金融業に振り向けたのです。」 

著者はヴァイキング由来のマッチョでリスク思考が強い家父長制度社会が、こうした金融危機を招いた原因のひとつの要因であるという説を推す。

ノルウェー

ノルウェーでは他の北欧諸国と比べると移民問題に難しさを抱えている。

生粋のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビクが単独で計77人を殺害したノルウェー連続テロ事件が尾を引いている。ブレイビクは反イスラム、反移民、反多文化、反マルクス主義のガチガチ極右思想だったことが知られている。

この事件が起きる前からナショナリズムの運動や右翼の活動が盛んになっており、現在でも非西欧系移民、とくにイスラーム諸国の移民との折り合いがついていない。

ブレイビクも党員であった主流右派政党「進歩党」(名前ややこしい)は、事件後少しばかり人気が低迷したものの、事件後の2013年には第三党となるなど、無視できない程度の国民が保守思想の持ち主であることが伺える。

 選挙における進歩党の空前の勝利は、「ノルウェー国民はクー・クラックス・クランよりもちょっとだけ右寄りだ」という、ほかの北欧諸国のノルウェーに対する見方を裏付けているようだ。(P.236)

また、デンマークと同様、国からの給付金や疾病手当で労働人口の3分の1が何もしなくても暮らせている。潤沢な石油資源の運用によって強力な社会保障基盤が築き上げてられているが、崩壊を懸念する声があがっている。

フィンランド

フィンランドについては……この著者、かなりフィンランド贔屓なので、フィンランドの章には他の国々のような経済体制や政治体制に関する言及が少ない。それもおもしろい点だ。

敢えてあげるなら、フィンランドは自殺率を公開しているヨーロッパ諸国の中で、自殺率が最も高い。「世界一幸福な国」であるはずのフィンランドは、うつ病が社会問題となっている。

本書では直接的な原因の言及は避けているが、読んでいくと地理的な要因と、アルコールの消費の仕方が、自殺率が高い原因のひとつとして察することができる。地理的な要因とは、寒くて暗い冬、すなわち「極夜」だ。フィンランド在住40年の英国人俳優ニール・ハードウィックはこう語る。

「 2月から6月がとにかく長くて、何1つ起こらない。きついですよ。春が来るのが本当に遅くて、一年の大半がじつに暗い。(中略)夏はあまりにも短くて、楽しい思いをできる機会はあまりに少なく、次の機会は当分来ないとわかっているのですから。」

日光を浴びることができない地理的要因と、共通の楽しみを体験できるうちに快楽を求めて暴飲する、あるいは寂しい冬の間を乗り切るためにアルコールに頼るという習慣は珍しくないそうだ。

スウェーデン

スウェーデンは、実は全体主義国家の性格を持っている。著者は「やさしい全体主義」と評する。ハントフォード『新たな全体主義者たち』、エンツェンスベルガー『ヨーロッパ、ヨーロッパ』などを参考にしながら、あまりにも協調性が取れすぎているスウェーデン社会を切り取る。

エンツェンスベルガーは(中略)スウェーデン社会民主党が、20世紀の大半、反対勢力が事実上は皆無の状態で、政権の座にあったことを指摘した。これほど長期にわたる一党独裁の前には、フランコ将軍もソビエト共産党もかすんで見える。

個人的に、このスウェーデンの状況が一番恐ろしい。社会保障制度の拡大をするために国民は日本とは比べ物にならないほど高い税金を収めている。本書によれば、スウェーデン政府が管理する側面は、「給与、子育て、飲酒量から、観るテレビ番組の内容、休暇の日数、ベトナム戦争に関する考え方まで、国民生活のほぼすべてといって良い(P.452)」と書いてある。それに疑問を持つ人が少ないというのは、果たしてユートピアディストピアか……。

終わりに

あなたは北欧五カ国のうち、どこに住みたいですか?

いや、こんないろいろ欠点ばかり並べられた後に言われても、という感じだろう。実際、この本を読んで僕が一番住みたい国は日本だと思う。日本以外で、と言われると……結構選ぶのが難しい。

冒頭でも書いたが、隣の芝生は青く見える。ジャーナリストが揚げ足を取るような内容だと言えばそうなのかもしれないが、物事を相対的に考えることができる人間の意見というのは、知らない世界の話を知りたいときにはありがたい。

また、住んでいる人全員が幸せな国なんて、この世には無いことが分かる。どんな国でも、その国にはその国なりの幸せが、そして課題が存在するのだ。

ところで、世界で見た時には日本も捨てたもんじゃない。かなり北欧との共通点もある。異論はあるかもしれないが教育水準は高い方だし、充実した医療、社会保障制度なども機能している方である。

あとはもう少し社会流動性が高まって頂いて、税金の使い道を教育に回すことができれば、「日本もいいなあ」と言われるようになるかもしれない。

……。無理かな?