点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

『格差は心を壊す 比較という呪縛』

僕のうつ期のネガティブ妄想にはパターンがある。代表的なものが、「なぜ俺はこんな病気になってしまったのだ」という、考えてもどうしようもない問題だ。比較的正常な精神状態である今ならば、「そんなの、考えたって仕方ないっしょ」と一笑に付すことができる。

僕が双極性障害になった原因は、自分にも、環境にも、対人関係にも、金銭面にも、社会全体にも見出そうと思ったらいくらでも見いだせる。見出した所で、自分でどうにかできるのは自分の認知パターンや健康状態くらいだ。その他の、自分ではどうしようもない部分に原因を求めて、それに責任を押し付けても仕方がない部分がある。

とはいえ、そうなると責任の比重が自分に偏るようにも思える。僕は自責思考の持ち主だ。自分の行動できる範囲、思考できる範囲のみが操作可能であるということは、現状改善の行動が十全でない場合、責任の帰属先は自分になってしまう。

そこで、ちょっと無責任になりたいので、『格差は心を壊す 比較という呪縛』を読んでみた。

少しくらい、社会に責任をなすりつけてもいいよね!

読んでみて分かったこと。それは、不平等な社会が個人や集団の精神に与えるダメージは、僕の想像以上にデカかったということだ。これを知れたのは僥倖だ。

「僕の心は社会によって壊された!」と即座に断ずるほど単純な脳みそになる訳にはいかないが、人間の心が病に冒される要因の1つとして、社会や環境を有力視するには、説得力の有りすぎることが書かれすぎている。

本書の主張はさきも触れたとおり、「不平等な社会で生じる"格差"そのものが、人の心を壊すので、格差是正は急務である」だ。タイトルによって全てを説明してしまっている。完全な出落ちだ。

内容もご想像どおり、この本は最初から最後まで、格差や不平等な社会をボロクソにぶっ叩き、比較することがいかに人間の心を壊しているのかを説いている。ずっと同じことが書いてあるように思えるかも知れないが、格差のダークサイドの本質を知れる。

この本によれば、格差は相当な悪者だ。格差はうつ病を増やす。不安症患者を増やす。社会的孤立者を増やす。自己誇示バイアスを助長させ誇大妄想者を増やす。ジャンキーを増やす。社会に横たわる所得、階級、社会的地位の格差は、我々が思っている以上にストレスを与えている……と本書は主張する。

これは予想できることだが、所得の不平等の度合いが高い国であればあるほど、うつ病罹患率が高い。また、統合失調症に関しても同じことが言える。全く別種類の病気であるのに、所得の不平等との関連性が疑われているのが面白い。もしかすると心の病全般が、所得の格差、不平等と関係があるかもしれない。

興味深いのは、「社会的な序列化の悪影響は、悩みやうつ症状、自殺願望に止まらない。(P.91)」という指摘だ。コレステロール値、血圧、体脂肪、血糖値などの数値を予測することがしやすいのは、絶対所得でするよりも、相対所得で予想したほうが精度が高い。本書によれば、実際自分がいくら稼いでいるかよりも、人々は社会階層を気にして、ストレスを日々生み出していることが統計データから明らかである、ということだ。

格差社会を生き抜くならば、社会階層の上位に食い込めば良いと考えることができる。泣き言を言わず、のぼりつめよ。出世をすれば、そうしたストレスからは解消されるはずだ。しかし、不平等な社会では、そうも言えないらしい。

2007年に実施された欧州31ヶ国、35000人以上の成人を対象にした調査が面白い。回答者は「私は職業や所得のせいで周囲から見下されている」という文言にどれだけ賛成or反対かを尋ねられる。これで社会的地位に対してどれだけ劣等感を感じるかを測る。

この質問に対しては、どの国も低所得階層の賛成割合は高く、高所得階層の割合は低かった。だが、不平等のレベルが高い国々(ルーマニアポーランドリトアニアラトビアポルトガルマケドニアなど)は、どの階層も地位への劣等感が大きくなった。それらの国々で最も金持ちな所得階層の持つ地位への劣等感を感じる人の割合は、平等レベルが高い国々(チェコ共和国デンマークノルウェースウェーデンスロベニア、マルタなど)の最貧困層と同レベルらしい。まじかい。

第1部はこのような具合で、格差がいかに人の心を壊すかを説く。

続く第2部は、社会階層、格差の中で起きるステレオタイプなものの見方に対して、次々と論駁していく。そこでは、人は根っから利己的ではないし、能力のすべてが遺伝子で決まるわけでもないし、上流文化なんてそんないいもんじゃないのだと、格差によって苦しむ我々を勇気づけてくれるセクションだ。

最後に、格差を後押しする現在の経済成長一辺倒の社会をどのように変化させていくのかについて、環境問題と併せて論じるという、骨太の一冊。

出典明示の度合いが高く、うれしいのが邦訳されている出典元の書籍については別途まとめてくれているところ。昨今、学者が書いているにも関わらず出典を明記せず、こちらが著者の言い分の妥当性を確認できない書籍が多すぎるので、まじで嬉しい。

本気で格差を是正したいという著者の矜持を感じる1冊。

 

ちなみに、僕はこの本を読んで、ちょっとは無責任になれたか?

結果はそんなに変わらなかった。

人生における成功や失敗を、幸運や運命、他人のおかげによるものと考える思考パターンを、外部要因思考というのだが、本書によれば、この傾向が強い人ほどうつ病になりやすいらしい。

鶏が先か卵が先か、社会階層が低くなればなるほど、外部要因思考を持つ人の割合が増える。(本書ではもちろん、社会的不平等→格差→外部要因思考を持つ人が増えるという図式で説明している。)つまりあまりにも社会のせいだと判断するのは、かえって精神障害を悪化しかねない。つまり、このままの感覚で、ある程度責任は自分で引き受ていたほうが良さそうだ。

僕が住む日本は、所得格差は先進国の中でも小さいほうだ。だが、正規・非正規、未婚・既婚、非リア・リア充など、すでに社会階層を意識せざるを得ないような価値観が、ガッチリと出来上がっている。他の国よりも気にしていそう(データなし)だ。更に、上に挙げた評価基準は、ガッツリ所得に関係するものだ。これ以上の格差が日本に生まれた場合のことを考えると、恐ろしい。

比較することを強いられる世の中で生き抜く知恵を探すことも大事だが、どうしてここまで心を破壊されるのかということを知るために、まずは本書をおすすめする。