点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

実は邪神と戦っていた名探偵――『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』

シャーロック・ホームズ×クトゥルー神話というまさかのマッシュアップ作品。

僕はホームズはほぼ読んだこと無い。

『緋色の研究』と、短編集『シャーロック・ホームズの冒険』くらい。あとBBCのドラマ『SHERLOCK』シリーズ。いいよねカンバーバッチ。すげえ面白かった。

クトゥルー(クトゥルフ)神話に関してもニワカだ。

TRPGのルールブック『クトゥルフ神話TRPG』、H・P・ラヴクラフトクトゥルーの呼び声』『インスマス』『狂気の山脈にて』くらいしか読んだことが無い。元の文章が悪いのか翻訳が肌に合っていなかったのか分からんけど、恐ろしく読みにくくて挫折しかけた。TRPGでは日々お世話になっているけれど、小説としてのクトゥルー神話にあんまり良いイメージが無い。

そんな自分でもあっさり読めてしまったのが『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』だ。ホームズパロディ作品のことを、「ホームズ・パスティーシュ」と呼ばれるのだって知らなかったんだけど、本作はそのひとつ。もちろん原作者アーサー・コナン・ドイルが書いたものではない。

著者はジェームズ・ラヴクローヴ。SF短編「月を僕のポケットに」、『スカイシティの秘密 翼のない少年アズの冒険』の他、ホームズ・パスティーシュ作品を多数執筆している。

この作品を一言で説明すると、「あの名探偵ホームズは実は、クトゥルー神話の邪神たちと対決していた」という内容。

ホームズシリーズの特徴は、ワトソン視点で書かれている物語であるということなんだけど、本作では「ワトソンが今まで発表した小説は全て、本作品で描かれるクトゥルー神話の邪神たちとの戦いから目を背けるために書いた嘘である」という出だしで始まる。な、なんだってー!!

そもそも出会いからして嘘。

『緋色の研究』でホームズとワトソンが出会ったいきさつはこうだ。

第二次アフガニスタン戦役に軍医として参戦していたワトソンが帰還し、偶然バーで自分の外科手術助手をしていたスタンフォード青年と再開。スタンフォードに「下宿先探しているんだけど」と相談したところ、「めちゃ良い物件に住み始めたんだけど広いし家賃高いからルームシェアしてくれる相手いねえかなって言ってたホームズって男を知っている」と言って引き合わせることになる。

病院の研究室で血痕の新たな解析方法を研究していたホームズと初めて出会った時、握手をしただけで「あなたはアフガニスタンにいましたね」と言い当てワトソンが面食らうシーンはおなじみだ。

今作ではワトソンが兵役から帰還した軍医であり、ロンドンにやってきたところは同じだが、何やら不穏だ。原作では肩に銃を受けていたワトソンだが、今作では鉤爪で抉られたような傷跡を「これは銃痕……これは銃痕……」と自己暗示しながら、その他いろいろ含みのあるモノローグを披露しつつ登場する。

ロンドンでは、治安の悪い路地裏のパブで冴えないギャンブルをしたのち、元助手のスタンフォードを発見。しかし以前の元気な様子ではなく、顔面蒼白で、浮浪児の少女を売春しようとしている。あまりの堕落っぷりに驚くワトソン。「あ、スタンフォード君じゃ~~ん、久しぶり~一緒に飲もうよ~~」と割って入って阻止しようとすると、客をかっさらわれると思ったのか、売人たちが臨戦態勢に。ナイフも取り出される始末。どうなる……

と思っていたら、奥の方でちびちび酒を飲んでいた老人が、いきなり売人どもをボコボコにする。これが、とある事件の調査のために、変装していたシャーロック・ホームズその人だった。しかも、ホームズがマークしていたのはスタンフォード。騒動が終わってみると、なるほどスタンフォードの姿はない。

どういうことなのか説明を求めるワトソンに、ホームズは「だったらベイカー街二二一Bに来ないか」と誘われる……といった感じ。

全体的にかなりアクション要素が強い作品だ。ホームズのダイナミックな活躍っぷりは、読んでいて純粋に楽しい。

理性的なホームズが、冒涜的で、宇宙規模の影響力を持ち、人間をハエ程度にしか思っていない邪神たちの存在を認めざるを得なくなってからが本番。憔悴しつつも、邪神の力を使って何やら悪事を働こうとする勢力を相手取り、その野望を阻止すべくワトソンと奮闘する様子は、単なる推理ものに終わらない、怪奇アクション小説の一面もある。

ホームズ、クトゥルー神話、どちらか一方を知らないとちょっとついていけないかもしれない。ただそれは、逆に言えば、どっちか知っていれば、特にクトゥルー神話知っているなら、ニヤニヤしながら楽しめるはずだ。

一気に読み終わってしまった。三部作の一作品目らしいので、続編が翻訳されることを望む。

続巻が発売されなかったら?

その時は<正気度判定>です。