点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

幸福になる消費とは何か

幸福は金で買えるらしい。胡散臭い。

本書曰く、以下の5つのルールに従いながら金を使うことで、幸福感が増すという。そうした消費を「ハッピーマネー」という、げに恐ろしい名前で呼称している本書は、大学の研究結果を参考に書かれている書籍であり、信用して良いのか悪いのか迷うという稀有な書籍である。

ハッピーマネーの条件は以下の5つだ。

  1. 経験を買う
  2. ご褒美にする
  3. 時間を買う
  4. 先に支払い、後で消費する
  5. 他人に投資する

しかし、これらを満たすのにはいろいろ面倒なことが多い。以下本書概要と、それに対する僕のイチャモンである。

1の経験を買うときには、以下の4つの要件を満たすものであれば、なお良いとされている。

  • 社会的なつながりが生まれる経験
  • 思い出話が生まれる経験
  • 理想の自分像に結びつく経験
  • めったにないチャンスを与えてくれる経験

我々はポジティブになるような経験に金を消費することで幸福感が増すという当たり前のことを教えてくれる。しかしそんなものは結果論ではないか。過去のできごとはいくらでも歪められる。良くも悪くも。だから、あとから振り返って、あれは社会的つながりや思い出、理想像に結びつくための必要な体験、チャンスを掴むための出費だったのだということを振り返ってやれば、酒やタバコ、ギャンブルに使った金でさえ、ハッピーマネーであるという歪みを生み出せる。

2番、褒美としての消費は、頻繁に旅行に行く人間の旅行に対する満足度が、稀にしか旅行に行かない人と比べて低いというデータなどから、「あたりまえ」と思ってしまうような消費を続けると、満足度が低くなり、それに伴って幸福度も下がるという主張が展開される。

この場合、金を使ったかどうかではなく、どれだけ日常の小さな出来事へアンテナを張れるかという感度が大事なのであって、調査結果でいくら満足度が減ったとしても、旅行者が常に新鮮な気持ちで、一つ一つの旅行を楽しむことができれば克服ができる問題である。つまり褒美が要らない人間、悟りを開くことができれば、2番のハッピーマネーは要らなくなる。

3の時間を買うはどうか。どんなに物質的に満たされていても、自由な時間がなければ、仕事や人生の満足度が下がるという心理学実験のデータがあるという。家や車などの大きな買い物や消費をするときには、自分の時間にどれだけ影響を与えるのかを計算に入れるほうが良いという教訓である。一般的な「贅沢な暮らし」は物質的裕福がイメージとして張り付いているせいで、それを求めてあくせく働いても、幸福度を下げるだけになるかもしれない。

これについては、さほど反論は無い。時間はどのような尺度にも代えがたいものである。金持ちがいくら頑張って、物理的時間の制約から逃れようと、業務を効率化し、生活に必要な手間ひまの時間を節約しても、結局1日24時間であることに変わりはない。時間を侵食する買い物はしないに越したことは無いのであるから、実験結果が間違っていようが正しかろうが、ここには同意できる。

4の先払いは、支払いを先に済ましてしまう仕組みのサービスを利用することで、サービスそのものは、まるで無料で受け取ったかのように錯覚するという人間の認知バイアスを利用した消費方法の提案。ディズニーランドが入園料を先に取るのは不正防止の為でもあるだろうが、目一杯楽しんだあとに料金を請求されると、せっかく作り上げた顧客の夢をぶち壊してしまうからである。観客には夢見心地で帰っていただくのが良い。

だがこれは詭弁である。なぜなら冷静に考えれば金銭を払う量は変わっていないからである。10万円先に払ってパソコンを買うのと、先にパソコンを受け取って10万円を払うのと、何の違いがあるのかといえば、気持ちの問題だけだ。前者の方が、なんだか得した気分になるだけである。それが重要なのだという意見もあるかもしれないが、失った金の量は同じことにもっと目を向けてほしい。

5の他人への投資は、寄付などである。本書によれば、寄付がたとえ義務であったとしても、チャリティーへの寄付の場合は脳の報酬系(ご褒美をもらったときに反応する部位)が反応するという。人間は他者のためになにか貢献することが、とどのつまり好きな生き物であるから、スタバのギフト券やアマゾンギフトを親友や家族に送るだけで、送り主は幸せになるのである。

昨今のライブ配信媒体で、投げ銭システムが流行しているのも、そういう理由かもしれない。「推しに貢ぐ」という行為を軽んじるオタク趣味に理解の少ない人は、彼ら(貢ぎ人)の行為を見つめ直してほしい。もしこの本に書かれていることが正しいならば、貢ぐ人は、本当に「貢ぐ」ことをご褒美であると思っている。

金でより良質なサービスを享受することを予測し、一か八か課金をするのだ。スマホ廃課金勢が、たとえガチャで目当てのものがなくても、ある程度理性を保てるのは、自分の落とした金は無駄にならないことをある程度確信しているからだ。(当人にとっては)非常に建設的な金の使い方を理解しているのである。自分で選択したコンテンツに、賢く金を使っているという評価を下すことができれば、自己肯定感もアップし、幸福感は増すだろう。

さて、ここまで消費と幸福の諸条件を見てきたが、これを一度に達成できるものは何かを考えると面白い。

僕の回答は、「貯金」である。

倹約の経験をすることによって、貯金・財産形成コミュニティと繋がることができ、思い出話にもなる。いざ自分の理想に漕ぎ出すときや、めったにないチャンスを獲得するためには先立つものが必要である。

貯金をしている間はすべての消費がご褒美となる。常日頃、ひもじい思いをしたあとのマクドナルドのハンバーガーほど美味いものは無い。

無駄な出費を防ぐことは、無駄な買い物を減らし、無駄な時間が金の消費とともに消費されるのを防ぐ。

先に支払い、後で使うというのは貯金が代表格である。

そして、未来の自分という空想上の他人のために、現在の消費を抑え、金を使わないようにする。もしくは多くの人の利益のために事業を立ち上げる資金であると考えるならば、これは他人への投資となる。

ちなみに本書の最後にも、貯金のススメが載っている。

私たちはこの本で、もっぱらお金を使うことについて話してきましたが、お金を貯めることもまた、幸福を増す材料となります。私たちの遺伝子は、幸福のレベルを維持することにおいて強力な役割を果たしていて、特に、裕福な人の場合はそうだということが明らかになっています。

ちょっと何言ってるか分からないが、概ね貯金は本書においても「良し」である。

結果、最も幸福な消費は、消費をしないことである。

なんじゃそりゃ。

みなさんも本書を読んで、自分なりに「幸福」と「お金」についての考えをめぐらしてほしい。

超加工食品大好き人間

「お菓子中毒」を抜け出す方法~あの超加工食品があなたを蝕む~

「お菓子中毒」を抜け出す方法~あの超加工食品があなたを蝕む~

  • 作者:白澤 卓二
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2019/02/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

太る原因はカロリーにあらず、糖質過多は結果論、真にあなたを肥やすもの、それは「超加工食品」なのである。理由は単純明快、超加工食品は、あなたを超加工食品依存症にする物質で構成されているからであり、更にこれらは肥満を呼ぶものであるため、健康のためにはこれらを建設的に排除していく必要があるのだ、というのが本書の概要である。

糖質制限やパレオダイエットなどの書籍を読んでみると、このような主張は真新しいどころか通説になっており、何も驚くことは無い。しかし超加工食品がもたらす人体の悪影響を纏めた本として、類書には無いわかりやすさがあるのではないか。菓子類に親を殺された人間にとって、これほど画期的な入門書は無いだろう。

しかしこの本を一読した上で、果たしてお菓子中毒を抜け出すことができるか謎である。それは、「ガリガリの奴らにもお菓子中毒者がいる」し、「ドクターペッパーばっかり飲んでいてもピンピンのおばあちゃんがいる」からで、健康というのは画一的な方法論で論じられるものではないからである。例外の存在は、健康志向の正論をすり抜けるためにいくらでも使うことができる。

更に言うと、いくら理屈で、超加工食品は肥満度や酸化ストレスを高め、将来の認知症レベルが上昇するということを分かっていても、好きなものを断つことによって生まれるストレスと、それらのリスクを天秤にかけたとき、どうにもお菓子を選択してしまうのだ。

この本にはお菓子中毒を育む1要因として「ストレス」が入っている。対策としてはお菓子以外のストレス発散方法を見つけるべきであるということだが、お菓子を食べたいというストレスに苛まれているのに、それ以外のストレス発散をしたところで、お菓子を食べたいのであるから、根本治療になっていない。

アケロウよ、それこそお菓子中毒者、ひいては超加工食品に毒され、依存症になってしまっている証拠であるからして、今すぐにお菓子を絶ちなさい……という正論をぶちかましてくる人間がいるだろう。

お菓子をやめたほうがいい理由は、お菓子中毒者の僕でも、いくらか思いつく。太るし、金がかかるし、食ったら食ったで罪悪感を感じるのだ。しかしこれらの理由は、いつの間にか手にしてしまっているブルボンチョコブラウニーによって瞬殺される。無意識のうちにお菓子を購入しているのだ。理性的な判断を介入せず、本能レベルでお菓子を求めてしまう哀れな僕のような人間には、独房で病院食を食わせる他に、お菓子中毒を改善する方法は無い。

本書によれば、小麦粉は胃でポリペプチド混合物というものに分解されるが、小麦ポリペプチドの場合は、血液脳関門を突破し、モルヒネ受容体と結びつくことで、麻薬と同等の中毒症状を引き起こすという。つまりヘロイン依存症と同等である。

僕らお菓子中毒者は、合法ドラッグに捕まってしまった被害者であり、責められるのは製造している森永グリコブルボン山崎パンパスコなどなどの食品製造業ではないか。

なんでも自己責任として考える日本であるから、何を食べるかという判断を他人の責任にするなという人もおおかろうが、小麦粉や砂糖などに依存性があるなんて知っていたら、こんなにバクバク食べることもなかったろうに。

時既に遅し。だがしかし諦めるわけにも行かぬ。100歳まで健康に生きるのが僕の夢であるからして、なんとか自分なりに、お菓子類との付き合い方を見直さねばなるまいと思うわけである。最近ブログでもご無沙汰になってしまった点の減量と記録を、もう一度本腰入れてやらねばと思ったが、ここで疑問が。このように、自分にミッションを課すことによって、新たなストレスを生み出しているのだとしたら?

ダイエットというストレスが、新たな菓子類消費欲求へとつながる。

なるほど~。よくできてるな~。

無手勝流の哲学入門

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を、キルケゴールの『死に至る病』を注釈として読むという化学反応を楽しんでいた人がいた。名を木田元と言う。

わたしの哲学入門 (講談社学術文庫)

わたしの哲学入門 (講談社学術文庫)

  • 作者:木田 元
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/04/11
  • メディア: 文庫
 

『わたしの哲学入門』は、著者である木田元が、いわゆる「哲学入門」に見られる綺麗事を抜きにして、読者がスムーズに哲学への歩み寄りを完了させるために書かれた。

一般的な哲学入門と違い、哲学史的な話をド頭からぶちかまされたりはしない。ああ、自分が興味のある哲学者は、いつになったら登場するのだ……と思いながら、眠い目を擦りつつ、イデア論だの心身二元論だの純粋理性批判だのの解説を流し読みしながら、面白くなくなって投げ出し、飛ばし読みで目当ての場所までたどり着くけど、前提知識とぼしく、理解及ばず、見事敗北する……という事が無いようなつくりとなっているのが良い。

著者は「反哲学」というパンキッシュな態度を取っていた人なんだけど、しっかりと大哲学の蘊奥をマスターしており、心地よい筆致でピシャリと哲学用語や概念の解説をしてくれるところもグッド。

ざっくり言っちゃうと、自伝、著者の哲学的思弁、既存の哲学理論の分析が主たる内容。こういう本は、いつもなら自伝の箇所を飛ばしてしまうのだけど(どう読んでも自慢話でしかない話が延々と続く書籍もあるので)本書は哲学を志す人にとっての独習のモデルを提供してくれる。学術文庫にしてはエッセイの色合いが強いので、好き嫌いは分かれるかもしれない。

著者はハイデガーの『時間と存在』を何としても読みたい!研究したい!という情熱を抱き哲学科に入学する。すると、ドイツ語ギリシア語、ラテン語を学部生のうちに習得し、院生一年目でフランス語を習得している。

凄まじい。これは、当時の哲学研究は原典読了主義であり、翻訳本を読むという選択肢は奨励されていなかったことも影響があったという。だからといって、僕が学生の頃にこんなやつが知り合いに居たら、どうかしてるとしか思えない。

大学は勉強しにいく所であることを思い出した。いかにチャランポランに過ごしていたかを痛感させられたが、武勇伝的な件も嫌味な感じもせず、すんなり読める。あまり大学で勉強しなかったことを後悔したけれど、今後の独学へのモチベーションを高められたので、自己嫌悪する暇もありませんでした。

あと、無手勝流をやらかすにしても、基礎がなってないと面白くないし、哲学なんてできないのだという厳しさも再確認できたのも良かった。