点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

『点の記録漏れ』をはじめます。

当ブログ、『点の記録』で話題にしたことを話すストリーミング配信をやってみようと思っています。

『点の記録漏れ』というタイトルで、不定期に喋ります。

 

ツイキャスってのは、なんだか若者のものという感じがして、アラサーの利用するサービスではないとは思っているのですが、YouTubeだとYouTuberですか?と冷やかされるし、ニコ生は540円を支払わなければ配信ができないし。

かといって、ポッドキャストアプリでしゃべるのは性に合わず。

ああ、Ustreamをやっていた頃が懐かしい。今はあのサービス、日本ではめっきり見なくなってしまいましたが、どうなんでしょうね。大学生のころはよくUstreamをしていました。

今だと、手頃に利用しやすそうなのはツイキャスかなと思いまして、とりあえずやってみようと思います。

話す内容は、このブログの延長線上のこと。つまり、本や、音楽や、映画について。

twitcasting.tv

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営業はサイコパスに任せよう

僕はうつニートになるまで、ドコモショップ店員だった。

その頃、dTVやらdヒッツという自社製品をオススメせよというお達しがあり、ノルマもあった。僕はドコモのサービスで一番役に立つのはdマガジンくらいしかないと思っていた人間なので、dマガジンはオススメできた(獲得はできなかったけど)。それ以外はオススメしても罪悪感しか感じなかった。

典型的な営業向いてないヤツのメンタルってやつだ。

 

自分が良いと思うもの以外を客に勧めるということが死ぬほどイヤだった。

自分がよくないと思う商品を良いと思う自己暗示、自己催眠をかけても、好きになることができなかった。

好きでもないということが態度に出てしまい、そのサービスをどのように紹介すれば効率よく獲得できるかという思考すら止めてしまった。

変に頑固な自分の性格を呪った。

ひとつ希望があるとすれば、dマガジン月額400円を人に話す時はノーストレスであったということだ。ついでに言えば、このブログで平沢セット15万円をオススメするのもノーストレスだった。共通点は、「心底これはいいぞ!と思ったもの」ということだ。

好きなものを勧めるときは、使って欲しい、使ってくれたら嬉しい、使ってくれない場合でも「僕の紹介の仕方がまずかったかもしれないから、次はこうしよう」と前向きな反省をすることができる。

しかし、好きでもないものを勧めなければいけない場合、万が一契約されたら罪悪感しかないし、いらないと言われた場合は、数字的ノルマを満たせそうもないという自分の評価のことばかり気にしてしまう。これは強烈なストレスになる。

 

登録業務を覚えるまでは順調だった僕は、独り立ちした途端にグダグダになった。

自分でサービスを紹介し、営業しなければならなくなったからだ。先輩たちの手法を真似してもうまく行かなかったし、中にはコンプライアンス的にどうなんだと思うものもあったので、できないものもあった。営業ができる人は、こういうのを「言い訳」と言う。

そこで、言い訳ばっかり言っていられないと思い、僕は営業本に頼ったのである。

 

多くの営業本を読んでわかったことだが、営業はサイコパス性質がある程度無いとやっていけないらしい。これは先輩たちを観察していても気が付かないところであった。

売り込む相手が発するネガティブな心に鈍感にならなければ、営業は不可能である。

よく、「営業中の否定は自分への否定ではない」ということを言ってくる営業本がある。

一理あるが、僕たち「営業が苦手な人間」は、そんなことで悩んでいるのではない。

「こいつの話長いな」とか「グイグイくるじゃん」とか「欲しいけど、今は買えないな」とか「営業されてるな、嫌だな」という感情に対して敏感で、自分ごとのように考えてしまう。それがイヤなのだ。

「自分が否定された!」と感じていることが嫌なのではなく、お客の不快を感じること、それ自体が嫌なのだ。ワガママといえば、これ以上のワガママはない。だから自分は商売が向いていないと思う。

自分が否定されいると拡大解釈することもある。それは認める。でも、それ以上に嫌なのが、客の不快感が自分に伝わり、心のなかで、まあそう思うよね……と考えながら話を進めなければならないのが嫌なのだ。

だから、営業中は「僕は間違ったことをしている」という、良心の部分が侵される。

それは僕の決めつけだ、妄想だ、相手の感情は相手のものなのに、勝手に妄想・想像するのは失礼だ……と何度思ったことか。しかしそれでも伝わってきてしまう(妄想してしまう)から手に負えない。

 

共感性が高いと、相手のしかめっ面や態度に対して注意を払ってしまい、自分がやりたいこと、あるいは業務上やらねばならないことをすっ飛ばし、早く終わらせたいということになる。

友人や家族相手なら、ちょっとしたしかめっ面、ため息、不快感、苛立ちなどを感じると、その状態を解消しようとして、「何かあった?」とか「なんでイライラしているの?」と言う。お察しの通り、更に相手は苛立ち、事態は悪化するのだ。

そういう経験をしたことがある人間は、営業にならないほうが良い。

考え方を変えたら売上が上がった!という本はいくらでもある。十中八九ウソであるが、それがもし本当だったとしても、ネガティブな感情に敏感な人間は、相当に辛い業務であることは間違いない。

どうしても営業をしなければならないという状況なら、サイコパスになるしかない。

相手の感情?否定?しったことか。俺は売上をあげる戦士だ。俺の話を聴かないやつは馬鹿だし、俺の勧めを断るやつはクソだ。クレームはお客様相談窓口にでも任せよう。契約書でしっかり説明もしている。法律は守っているし、そもそも法令なんて流動的なものにこだわって売上が上がらなかったらどうする。何も問題はない。客の機嫌に一喜一憂する奴らは仕事を怠ける口実がほしいだけ。

アイ・アム・ナンバーワン・セールスマン。アイ・アム・ナンバーワン!

 

このように、自己愛性人格障害の一歩手前まで狂ってみよう。

客に商品を紹介するのではなく、断れないように誘導しよう。

ちなみに承諾誘導のテクニックは、僕のような営業苦手な人間でも使えるものが数多くある。僕はそれで64GBのSDカードを写真も撮らない人に売りまくった。でも怖くなって使うのをやめた。

必要な人は、『影響力の武器』を読むと良い。罪悪感を募らせながら、契約を獲得することができる。 

営業以外にも仕事はある。嫌なら心を壊す前に、やめよう。僕らには営業という仕事で給料をもらう資格がないのだ。

僕らの代わりになる優秀なサイコパスは、いくらでもいるんだから。

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

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影響力の武器 実践編―「イエス!」を引き出す50の秘訣

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影響力の武器 戦略編: 小さな工夫が生み出す大きな効果

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サイコパス (文春新書)

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フロー(心理学)は虚しい

「流れ」を意味する言葉である「フロー」は、心理学を学んだ者、IT起業家、若手経営者、意識高い系大学生高校生、学習系YouTuber、DaiGo派などの新人類の間では、どうやら違う意味で捉えられるらしい。

彼らの頭脳の中にある辞書がはじき出す「フロー」の意味第1候補は「集中し、没入し、時間を忘れて特定のなにかに取り組むことに集中している状態」という意味だ。

これは、ミハイ・チクセントミハイという学者が提唱した。オセロの原理で真ん中のチクセントをミハイにして、ミハイ・ミハイミハイに、思わずしてしまいたくなる名前の彼は、ポジティブ心理学では有名筋にあたる人らしい。

なんでも、70年代に提唱し、その考えが纏められた『フロー:喜びの現象学』が出版された90年代は絶賛の嵐だったようで、「マズロー自己実現理論を超えた!」とか言われていたらしい。

フロー状態となる何かを、皆さんは持っているだろうか。これのある無しで、幸福度は大きく変わるというのが、チクセントミハイ派閥の論旨である。

フローに入るにはどうすればよいかというのは、8つの条件がある。

  1. 明確な目的(予想と法則が認識できる)
  2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
  3. 自己に対する意識の感覚の低下、活動と意識の融合。
  4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更
  5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
  6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)
  7. 状況や活動を自分で制御している感覚。
  8. 活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない。

フロー (心理学) - Wikipediaより

つまり、目的をもって、自我、時間を忘れ、集中し、動作を制御している感覚があることに対して、即座にフィードバックをもらうことができ、それが価値ある活動であるという自覚があるならば、それはフロー体験ということになる。

 

身の回りのもので、果たしてそういったものがあるだろうか、と探すと、案外1~7番までは当てはまるものが多い。読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・製作、家族・友人との会話などがこれに当たる。しかし8番の、本質的な価値の有無とは一体なんであろうか。

活動に対して本質的な価値を抱く、ということは、「活動それ自体」に対して魅力を感じているか否か、ということになるだろうか。

 

しかし、活動それ自体に対する魅力というのは非常に流動的であり、その活動が自分の人生において、いつでもフロー体験をもたらしてくれるとは限らない。

それに、ある日突然、その「本質的な価値」が自分にとって無用であると知った場合はどうなるだろう。精神的に不安定になる可能性も捨てきれない。

タバコや酒、その他の薬物もそうだが、抜けるときが一番つらい。没頭、没入するものが崩壊する……それは精神的に依存している何かが崩壊するということでもあるのではなかろうか。

必ずしも、フロー体験=依存状態であるわけでは無いだろうが、人間が自分のやっている仕事でも、活動でも、なんでもいいが、心血注いだそれ自体が無意味なものであったと悟ってしまったとき、ひどく虚しくなると思われる。

 

自己啓発本ポジティブ心理学の間では、フロー体験ができるものを増やそうだなんて軽々しく書いているが、過ぎたるは及ばざるが如し。なにごともほどほどに。深い縁起を結んでしまったばっかりに、その関係性が絶ち消えた後に残るのは、後ろ向きの虚無感だ。

没入や没頭はたしかに幸福感に繋がるだろうけれど、唯一不変のものが存在しない物理的空間をリアルと思っている我々は、物理的なものに没頭するのではなく、情報的なもの、概念的なもの、形而上のものに没頭するべきではないか。

 

僕は、妄想することが、もっともフロー体験するに値することであると考える。

妄想は「フロー」にふさわしい。没頭没入はもちろん、時間を忘れ、状況や活動を制御でき、妄想するテーマを正しく選べば難易度の条件もクリアできる。フィードバックは自分の中の常識的な側面、理性に任せれば良い。すると、「その考えは全体主義的だ」「向こう見ずだ」「ありきたりだ」というネガティブはさることながら、「ナイスアイディア」「お前は天才か」「来年度のノーベル平和賞はお前だ」など、ポジティブなフィードバックでさえ創作できるのである。

我々人類は妄想、空想、思索……なんでもいいが、楽しいことを想像の世界で膨らませることを生きがいの1つにしなければ、物質的世界によって引き起こされる虚しさに、押しつぶされることになるのではないか。

 

妄想の方が、虚しいとか言うな。僕の人生は終わる。

 

フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)

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