点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

『チェイシング・コーラル』──死にゆくサンゴを観る

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サンゴの死にまつわる長編ドキュメンタリー。2017年公開。

 

水中写真家リチャード・ビバースは、ロンドンの大手広告代理店を経て、サンゴ礁の異変を訴える活動を行っている。少年時代に趣味のダイビングで見かけていた生物が、ここ最近見かけないことに気が付き、そうした異変は他の生物にも起きているのではないかと疑問に持つ。

海洋生物学者に取材すると、サンゴ礁がここ数年で急激に大規模な白化現象に見舞われ、死滅していっていることが明らかになる。サンゴの危機に無知であったリチャードは衝撃を受け、どうにかこの実態を伝えたいと考える。

死んだサンゴ礁の写真ではパンチが弱い。死にかけの白化したサンゴは、ある意味神秘的な雰囲気を出していて、危機感を煽れない。それではだめだ。どうしたものかと悩んでいたところ、南極の氷がどれほど失われているかという変化を追ったドキュメンタリー映画、『チェイシング・アイス』を鑑賞する。

これだ!とひらめいたリチャードは、『チェイシング・アイス』の監督であるジェフ・オーロースキーに、サンゴ礁が死にゆく様を映像に残すことを提案し、本作のプロジェクトが発足する。

多くの水中ダイバー、そして映像エンジニアの協力により完成した本作を観ると、地球温暖化が生態系に与える影響を考えるほか無くなる。

 

 

サンゴが死滅する理由の主な原因は、オニヒトデの大量発生、水中プランクトンの増殖など複数あるが、この映画では海水温度の上昇の要因が大きいと説明されている。

サンゴが死んでいく映像を撮影するにはどうするか。

海流によって、海水温度が上昇する場所に、特注の定点カメラを起くことで、人的リスクを最小限に抑えながら資料を得ようという計画が立てられた。複数のポイントにカメラを設置し、2ヶ月間の様子を撮影した。

しかし、ピンぼけや故障などにより、思ったような映像が撮影できなかった。

もたもたしている間にも、サンゴは死滅していく。カメラを改良しながら、新たなポイントでの撮影も検討する必要があった。

 

世界最大、宇宙空間からも確認できる巨大サンゴ礁、オーストラリアのグレート・バリア・リーフにも撮影班が送られる。

南部のグレートケッペル島には、監督のジェフと、水中映像技師のザック・ラーゴを中心とした撮影班が派遣された。しかし、ハリケーンによって海流温度が下がり、待てども映像が撮影できない。

目の前のサンゴが死滅しないことにどこか安堵しながらも、海水温度が上昇することが予想されたリザード島へ移動。定点カメラではなく、ジェフ、ザックら自らがダイビングをし、手動でサンゴの変化を撮影するという骨の折れる作業をすることに。

水族館勤務を経て水中映像技師となったザックは、水槽にサンゴのみを飼育するほどのサンゴオタクであり、サンゴを愛する者である。愛するサンゴが自分の目の前で死んでいく。感情を持ち込まずにプロジェクトに参加しようと決意していたらしいのだが、それが難しくなっていく様子が痛ましい。

サンゴは白化したのち、茶色く濁る。撮影当初の美しい姿が、ものの2ヶ月で赤褐色、あるいは灰色の岩のように変わっていく様子が、作品の最後で確認できる。

天然サンゴ礁の死の過程そのものが記録された映像は、これが史上初らしい。

 

この作品のメッセージを纏めると、以下のようになるだろう。

人々が環境問題に関心を持ち、温室効果ガスの削減、クリーンエネルギーへの移行に尽力しない限り、海水温度上昇や急激な環境変化が起きる。それに見舞われたサンゴはストレスにより急激に死滅する。

現段階で、世界規模で大きな白化現象が報告されている。

2016年には、グレート・バリア・リーフの北部地域67%は、すでに死滅しているという衝撃的な報告もされた。地球全体で言えば、過去30年間で50%のサンゴ礁が死滅しているとも言われている。

海水温度の上昇は、地球の循環の影響であろうという楽観的な意見もあるが、本作では温室効果ガスによる地球温暖化が原因であり、自然発生的な水温上昇ではないと主張する。

このままのペースで海水温度があがれば、30年以内には、地球上のすべてのサンゴ礁が絶滅する。

サンゴ礁は海水生物との共生において重要で、様々な役割を果たしている。サンゴが死滅すると、生態系が崩れる。生態系の急激な変化は、巡り巡って、人間の生活を脅かすことになるだろう。これからどのようにサンゴを守っていくか。これは全人類にとっての、大きな課題だ。

 

サンゴ礁の役割については、日本でサンゴの保護活動をしている三菱商事の公式サイトが詳しい。

世界の熱帯・亜熱帯の浅い海に分布するサンゴ礁。世界の海に生息する50万種の動物のうち4分の1はサンゴ礁域に暮らしているといわれています。外洋で暮らす魚の中にも産卵や稚魚の育つ場所としてサンゴ礁を利用するものがあります。

引用:サンゴ礁の役割 | 三菱商事(2019年8月21日閲覧)

 

映画博士の五次元アリクイ君に教えてもらったおすすめドキュメンタリー映画

観てよかったよ。ほんと。サンゴオタクの水中技師がプロジェクト中心メンバーになっていくのも激アツだし、サンゴを愛する人間が、サンゴの死を見つめながら、それを発信していくという情熱に胸を打たれた。最後のサンゴの死にゆく映像では、なんかショックすぎて泣いた。あんまり映画で泣かないんだけどね。

日本では馴染みのないサンゴだけど、南西諸島や伊豆諸島、小笠原諸島にはサンゴ礁がある。でも、サンゴ礁の深刻な問題について、真剣に考えている人たちは少ないと思う。まあ、サンゴ礁が身近に有ってもなくても、人間に無関係ではないよな。

地球は1つにつながっているんだし。

クリーンエネルギーに関する知識は無いに等しい。少し興味が出てきたから、図書館で関連書籍を探そうと思えた。

きっとこの映画を観た方々は、考えたくなるし、行動したくなると思う。環境問題を考える人を増やしたい人は、この映画をみせればいい。地球温暖化問題への取り組みは、環境利権だ!とか偽善だ!とか言われているが、そんなことを言えなくなる映画だと思う。とにかく、ネトフリ民は、観るべし。

 

編集後記 4分くらいから映画の話します。

twitcasting.tv

営業はサイコパスに任せよう

僕はうつニートになるまで、ドコモショップ店員だった。

その頃、dTVやらdヒッツという自社製品をオススメせよというお達しがあり、ノルマもあった。僕はドコモのサービスで一番役に立つのはdマガジンくらいしかないと思っていた人間なので、dマガジンはオススメできた(獲得はできなかったけど)。それ以外はオススメしても罪悪感しか感じなかった。

典型的な営業向いてないヤツのメンタルってやつだ。

 

自分が良いと思うもの以外を客に勧めるということが死ぬほどイヤだった。

自分がよくないと思う商品を良いと思う自己暗示、自己催眠をかけても、好きになることができなかった。

好きでもないということが態度に出てしまい、そのサービスをどのように紹介すれば効率よく獲得できるかという思考すら止めてしまった。

変に頑固な自分の性格を呪った。

ひとつ希望があるとすれば、dマガジン月額400円を人に話す時はノーストレスであったということだ。ついでに言えば、このブログで平沢セット15万円をオススメするのもノーストレスだった。共通点は、「心底これはいいぞ!と思ったもの」ということだ。

好きなものを勧めるときは、使って欲しい、使ってくれたら嬉しい、使ってくれない場合でも「僕の紹介の仕方がまずかったかもしれないから、次はこうしよう」と前向きな反省をすることができる。

しかし、好きでもないものを勧めなければいけない場合、万が一契約されたら罪悪感しかないし、いらないと言われた場合は、数字的ノルマを満たせそうもないという自分の評価のことばかり気にしてしまう。これは強烈なストレスになる。

 

登録業務を覚えるまでは順調だった僕は、独り立ちした途端にグダグダになった。

自分でサービスを紹介し、営業しなければならなくなったからだ。先輩たちの手法を真似してもうまく行かなかったし、中にはコンプライアンス的にどうなんだと思うものもあったので、できないものもあった。営業ができる人は、こういうのを「言い訳」と言う。

そこで、言い訳ばっかり言っていられないと思い、僕は営業本に頼ったのである。

 

多くの営業本を読んでわかったことだが、営業はサイコパス性質がある程度無いとやっていけないらしい。これは先輩たちを観察していても気が付かないところであった。

売り込む相手が発するネガティブな心に鈍感にならなければ、営業は不可能である。

よく、「営業中の否定は自分への否定ではない」ということを言ってくる営業本がある。

一理あるが、僕たち「営業が苦手な人間」は、そんなことで悩んでいるのではない。

「こいつの話長いな」とか「グイグイくるじゃん」とか「欲しいけど、今は買えないな」とか「営業されてるな、嫌だな」という感情に対して敏感で、自分ごとのように考えてしまう。それがイヤなのだ。

「自分が否定された!」と感じていることが嫌なのではなく、お客の不快を感じること、それ自体が嫌なのだ。ワガママといえば、これ以上のワガママはない。だから自分は商売が向いていないと思う。

自分が否定されいると拡大解釈することもある。それは認める。でも、それ以上に嫌なのが、客の不快感が自分に伝わり、心のなかで、まあそう思うよね……と考えながら話を進めなければならないのが嫌なのだ。

だから、営業中は「僕は間違ったことをしている」という、良心の部分が侵される。

それは僕の決めつけだ、妄想だ、相手の感情は相手のものなのに、勝手に妄想・想像するのは失礼だ……と何度思ったことか。しかしそれでも伝わってきてしまう(妄想してしまう)から手に負えない。

 

共感性が高いと、相手のしかめっ面や態度に対して注意を払ってしまい、自分がやりたいこと、あるいは業務上やらねばならないことをすっ飛ばし、早く終わらせたいということになる。

友人や家族相手なら、ちょっとしたしかめっ面、ため息、不快感、苛立ちなどを感じると、その状態を解消しようとして、「何かあった?」とか「なんでイライラしているの?」と言う。お察しの通り、更に相手は苛立ち、事態は悪化するのだ。

そういう経験をしたことがある人間は、営業にならないほうが良い。

考え方を変えたら売上が上がった!という本はいくらでもある。十中八九ウソであるが、それがもし本当だったとしても、ネガティブな感情に敏感な人間は、相当に辛い業務であることは間違いない。

どうしても営業をしなければならないという状況なら、サイコパスになるしかない。

相手の感情?否定?しったことか。俺は売上をあげる戦士だ。俺の話を聴かないやつは馬鹿だし、俺の勧めを断るやつはクソだ。クレームはお客様相談窓口にでも任せよう。契約書でしっかり説明もしている。法律は守っているし、そもそも法令なんて流動的なものにこだわって売上が上がらなかったらどうする。何も問題はない。客の機嫌に一喜一憂する奴らは仕事を怠ける口実がほしいだけ。

アイ・アム・ナンバーワン・セールスマン。アイ・アム・ナンバーワン!

 

このように、自己愛性人格障害の一歩手前まで狂ってみよう。

客に商品を紹介するのではなく、断れないように誘導しよう。

ちなみに承諾誘導のテクニックは、僕のような営業苦手な人間でも使えるものが数多くある。僕はそれで64GBのSDカードを写真も撮らない人に売りまくった。でも怖くなって使うのをやめた。

必要な人は、『影響力の武器』を読むと良い。罪悪感を募らせながら、契約を獲得することができる。 

営業以外にも仕事はある。嫌なら心を壊す前に、やめよう。僕らには営業という仕事で給料をもらう資格がないのだ。

僕らの代わりになる優秀なサイコパスは、いくらでもいるんだから。

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

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影響力の武器 実践編―「イエス!」を引き出す50の秘訣

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影響力の武器 戦略編: 小さな工夫が生み出す大きな効果

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サイコパス (文春新書)

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フロー(心理学)は虚しい

「流れ」を意味する言葉である「フロー」は、心理学を学んだ者、IT起業家、若手経営者、意識高い系大学生高校生、学習系YouTuber、DaiGo派などの新人類の間では、どうやら違う意味で捉えられるらしい。

彼らの頭脳の中にある辞書がはじき出す「フロー」の意味第1候補は「集中し、没入し、時間を忘れて特定のなにかに取り組むことに集中している状態」という意味だ。

これは、ミハイ・チクセントミハイという学者が提唱した。なんでも、70年代に提唱され、その考えが纏められた『フロー:喜びの現象学』が出版された90年代は絶賛の嵐だったようで、「マズロー自己実現理論を超えた!」とか言われていたらしい。

フロー状態となる何かを、皆さんは持っているだろうか。これのある無しで、幸福度は大きく変わるというのが、チクセントミハイ派閥の論旨である。

フローに入るにはどうすればよいかというのは、8つの条件がある。

  1. 明確な目的(予想と法則が認識できる)
  2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
  3. 自己に対する意識の感覚の低下、活動と意識の融合。
  4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更
  5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
  6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)
  7. 状況や活動を自分で制御している感覚。
  8. 活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない。

フロー (心理学) - Wikipediaより

つまり、目的をもって、自我、時間を忘れ、集中し、動作を制御している感覚があることに対して、即座にフィードバックをもらうことができ、それが価値ある活動であるという自覚があるならば、それはフロー体験ということになる。

 

身の回りのもので、果たしてそういったものがあるだろうか、と探すと、案外1~7番までは当てはまるものが多い。読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・製作、家族・友人との会話などがこれに当たる。しかし8番の、本質的な価値の有無とは一体なんであろうか。

活動に対して本質的な価値を抱く、ということは、「活動それ自体」に対して魅力を感じているか否か、ということになるだろうか。

 

しかし、活動それ自体に対する魅力というのは非常に流動的であり、その活動が自分の人生において、いつでもフロー体験をもたらしてくれるとは限らない。

それに、ある日突然、その「本質的な価値」が自分にとって無用であると知った場合はどうなるだろう。精神的に不安定になる可能性も捨てきれない。

タバコや酒、その他の薬物もそうだが、抜けるときが一番つらい。没頭、没入するものが崩壊する……それは精神的に依存している何かが崩壊するということでもあるのではなかろうか。

必ずしも、フロー体験=依存状態であるわけでは無いだろうが、人間が自分のやっている仕事でも、活動でも、なんでもいいが、心血注いだそれ自体が無意味なものであったと悟ってしまったとき、ひどく虚しくなると思われる。

 

自己啓発本ポジティブ心理学の間では、フロー体験ができるものを増やそうだなんて軽々しく書いているが、過ぎたるは及ばざるが如し。なにごともほどほどに。深い縁起を結んでしまったばっかりに、その関係性が絶ち消えた後に残るのは、後ろ向きの虚無感だ。

没入や没頭はたしかに幸福感に繋がるだろうけれど、唯一不変のものが存在しない物理的空間をリアルと思っている我々は、物理的なものに没頭するのではなく、情報的なもの、概念的なもの、形而上のものに没頭するべきではないか。

 

僕は、妄想することが、もっともフロー体験するに値することであると考える。

妄想は「フロー」にふさわしい。没頭没入はもちろん、時間を忘れ、状況や活動を制御でき、妄想するテーマを正しく選べば難易度の条件もクリアできる。フィードバックは自分の中の常識的な側面、理性に任せれば良い。すると、「その考えは全体主義的だ」「向こう見ずだ」「ありきたりだ」というネガティブはさることながら、「ナイスアイディア」「お前は天才か」「来年度のノーベル平和賞はお前だ」など、ポジティブなフィードバックでさえ創作できるのである。

我々人類は妄想、空想、思索……なんでもいいが、楽しいことを想像の世界で膨らませることを生きがいの1つにしなければ、物質的世界によって引き起こされる虚しさに、押しつぶされることになるのではないか。

 

妄想の方が、虚しいとか言うな。僕の人生は終わる。

 

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