点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

生きていくために毒を持つ──『毒々生物の奇妙な進化』(文春文庫)

図書館で目に入ったので読んでみたら、かなり面白かった。

この本を発見したときには、すでに他の書籍を借りるためにパラ見を何冊分もしていたので、中味を確認する気力が残されていなかった。背表紙にかかれているタイトルに惹かれ、小学校の頃に読んだ図鑑の中に出てくる、ギトギトな配色のリアルなイラストが表紙を飾っているのを見て、借りた。

まず一言で説明すると、この本は、生存戦略の中で”毒”を用いる生物の生態と、進化について解説している本」だ。

毒を保有する生物の生態、どのような進化の過程で毒を獲得したのか、毒はどのような成分なのか、人間の体内に入るとどのような症状が出るのか、生物の毒はどのように研究され、何が分かっているのかを、簡素に纏めてくれている。ついでに、クレイジーな毒液・毒々生物研究家のぶっ飛びエピソードも摂取できる。マッド・サイエンティストはこの世に存在する事を知る。

この一冊で、毒を操る生物への言わんともしがたい「萌え」、興味関心、そして絶対に噛まれたり刺されたくないという恐怖を摂取できる。

よくばりセットだ。

個人的に面白かった点は、「毒液を作るのはめっちゃ大変」ということだ。毒液を持つ生物から毒を抜き、その後毒液を作り上げるまでの期間の、安静時代謝率(安静にしているときに、その生物がどれだけエネルギーを使うか)を測ると判明する。

人間は、筋トレを定期的に行うと、この代謝率をアップすることができる。ハードな運動をしていない時期と、運動して見事な筋肉を獲得した時期を比べると、後者のほうが、安静時代謝率は10%程度高い。また、妊婦は赤ちゃんのための栄養を供給しなければならないので、安静時代謝率は21%ほど増加する。

では、毒を抜かれた生物はどうか。

ある研究では、毒液を補充するために、ヘビは三日間、安静時代謝率を11%上げなければならなかった。また、もう一つの研究では、オーストラリアのコブラ類であるデスアダーは、毒液を生産する最初の三日間に、安静時代謝率を21%上げた。(中略)

サソリは、毒液を補充する際には最大八日間、20%から40%も安静時代謝率を挙げることが分かっている。これは、毒に費やすにはかなり大きなエネルギーだ!

(P.142~P.143)

直感的な理解ではあるが、有毒生物が急激に不足した毒を補うには、僕らにとって、強い負荷のかかるトレーニングを続けることや、自分の身体の中にもう一つの生物を宿すことと同じくらい、エネルギーを消耗することらしい。なので、ヘビやサソリは、毒をはちゃめちゃに節約して獲物を仕留めている。

毒を自分の身体に仕込み、運用することは、生物にとって非常に燃費が悪い。どうしてそこまでして、毒を持つのだろうか。また、どのようにして、自ら生み出した毒から身を守っているのだろうか。

ヘビやサソリなど、攻撃に毒を用いる種は、どうして毒を保有するに至ったかについては明らかな部分が多い。毒を持っていると、獲物となる種の捕獲が容易だし、消化するのに便利だからだ。また、獲物にしたい動物に効き、自分には効かない毒を生み出すことに成功しやすい。ヘビは自分の毒には免疫がある。

しかし、防御に毒を使う(食べられないようにする)種については、謎の部分が多い。多くの天敵が居るアリなどの生物は、アリの巣を襲うすべての生物に効くような万能かつ効き目の早い毒を保有する必要がある。そういう生物の中には、自分の毒に免疫を持つ種がいる一方で、自分の毒にやられる種もある。

現在研究が進んでいる毒というのは、人間にとって有害であるものや、薬のもとになるような利益の出るものだ。そりゃそういうのが優先されるよね。そのため、防御のために毒液を使っている種の研究や、どのように毒液に淘汰がかかっているのか、ということについては、まだはっきりとしていないことが大半だという。

その他、カモノハシ有害無害論争(実は鉤爪に毒あり)、身体にヘビ毒を注射して免疫を作る男、コモドドラゴン毒持ち説の誤解、ゴキブリの脳を乗っ取るハチ、毒を得た事により食物連鎖を逆転させた貝……などなど、毒エピソード目白押し。おすすめ。

ところで、「悪口を言う、貶す、嫌味を言う」ことを、比喩で「毒を吐く」と言ったりする。

人間は通常、生存戦略の中に、生理学的な異常が発揮される毒液を用いることは無い。物理的な武器はマッスルのみだ。だが、人間は己の精神に毒を溜め込み、言語を通じて相手の精神に毒を注入させることができる。これは、人間の天敵は、人間である証左のひとつであろう。

そしていくらその身に毒を蓄えても、安静時代謝率が上がって痩せることは無いのである。