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点の記録

点だけ打って線を引けない男が、点と点を結ぼうとするブログです。

面白い文章が書ける方法と、ブログついて

この記事はハウツー記事ではありません。この記事を読んだからといって、面白い文章を書けるようになる保証はできません。なぜなら、これは山崎の妄想です。こうすれば、いい文章かけるかもしんない!という希望的観測に基づいたものです。冗談半分で読んでくださいませ。

「とにかく書け」は良いことか?

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ブログの更新を2日ほどサボりました。ブログというのは、書かなくても誰にも怒られません。自分だけが「あぁ~書いていないな~」と思っているだけです。「あ~書いていないな~」と思ったとき、「書かなきゃなぁ」とか「いけないなぁ」とか思っていませんか?こうした心がまえでは、ブログの利点が失われてしまうような気がします。ブログは書きたい時に書くのが一番です。貧弱ブロガーは誰にもお願いされてないのですから。「書きたいけど、書けないなあ」「なんか文章ノッてこないな」と思ってしまうということは、「書きたくない」という状態なのかもしれません。でも、それでいいんじゃない?趣味なんだし、ゆっくりやろうぜ。

「人気ブロガー」と呼ばれる人たちは、「最初はとにかく記事を書け」と言います。これを、ブロガー志望の方々に向けて伝えがちです。そのせいで、事実を淡々と伝えているだけの記事を更新する人が多い気がします。もっと個人の偏見をぶちまけたような記事の方が、僕個人としては面白いのです。内容がとりとめもないと、読者的にも、そしてお金のお世話をしてくれるGoogleさんからも「つまんないな~」と思われ、ブログが読まれなくなったり、検索上位に引っかからなくなってしまうという弊害も予想されます。どんどん偏見を垂れ流して欲しいです。

「無理やり書く」よりも「妄想」しようぜ

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書きたいことがポンポンと思い浮かぶのであればそれは良いことかもしれませんが、「無理やり書く」ということには、さほど意味が無いと思います。

そもそも、文章というのは、自分の考えていることを、自分と読み手が共通で認識できる記号(文字)に置き換え、情報を伝達するためにあります。ということは、「自分の考えていること」が存在しなければ、または、薄っぺらければ、それなりの文章になってしまうということです。

常日頃、面白い記事をブログに投稿している人というのは、常日頃、面白いことを考えている人です。考えていることしか、文章にできません。「面白いネタが降ってきますように!」と神頼みをしてしまうことが、僕にもたまにあります。しかし、仮に面白いアイディアがポーン!と降りてきたとしても、それは神様のおかげではなく、自分の脳みそがどこかから引っ張り出してきた情報です。自分の脳みそにある情報しか、文章にできないのです。

僕の好きな小説家の筒井康隆さんは、「妄想を膨らまし続ければ、誰でも小説は書けるのではないか?」ということを、TBS『オトナの!』という番組で語っていたことがあります。「大人のくせにこんな妄想をしてはいけない!というのはダメですね」というような主旨のことも仰っておりました。文章を書くというのは、考えること、想像すること、妄想すること、偉そうに言うと、思考することが先のはずです。

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文章鍛錬に意味はあるけれど

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ブロガーさんが言う「文章をただひたすらに書き続けること」によって得られるメリットが全く無い、全部間違っている!即刻やめるべし!と言いたいのではありません。文章をただひたすらに書くと決め、プレッシャーから、「ネタ探す姿勢が身につき、思いつきやすくなる」とか、己の稚拙さを恥じて「表現方法への探究心」が身につくでしょう。

しかし、書けども書けども満足の行く内容の記事にならない、文章が書けない、表現方法だけ面白くても、内容が薄っぺらい……など、結局すぐに壁にぶち当たることと思います。想像が先立った文章じゃないと、読んでいて「何が言いたいのか?」と分からなくなってしまいます。それに、「表現方法への探究心」と大げさに書きましたが、これは「文章術」という言葉に置き換えられると思います。しかし文章術というものは、戦術に過ぎません。おおもとの戦略(想像・妄想・思考)がしっかりと根深く屹立していなければ、いくら素晴らしい戦術を身につけても、活かしきることはできません。

あぁ……なんというブーメラン発言。書いてて、耳が(目が?)痛いです。

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

 

文章を書くことが楽しい人というのは、「伝えたいことがあり、伝えることが楽しい人」でしょう。伝えたいことが無ければ、自分から積極的に文章を書く必要はありません。惰性でブログを書いている人というのは、日々生活していく上で面白いと感じることが無くなった途端にやめてしまいます。やってる意味あるのか?というように、モチベーションが下がってしまいます。それはそれで、全然良いとは思います。でも、続かないよ~と悩んでいる人は、「自分は何か伝えたい事があるのか?」ということから考えてみると良いかもしれません。そうすれば、「なーんだ特に無いな」と思い直して、「ブログが続かない」なんて、社会の何の役にもたたない悩みから脱却できます。

ブログなんて、書きたくないなら書かないでいいじゃん

僕は正直に、この2日間「ネタがない」とか「書きたくない」と思っていたので、書きませんでした。おもろいこと無かったんすよ。思いつきもしなかったんす。伝えたい事が、特に無かったのです。いいんですよ、だって趣味ですから。仕事だったら書かないとダメ!と言われるけれど、せっかくの自分のブログなのだから、更新しなくたってどーでもいいんです。

でも、ブログで飯を食っていく!と思っている人だって、書きたくない日は書かなければいいのにと思います。自由な生活を求めてブログに手を出したのに、結局「ブログ書かなきゃ~」って思いながら生活しているじゃないですか。自分で自分の首を締めることになっていませんか?

ブロガーを目指している人たちは、伝えることも無いけど、無理やりひねり出して、毎日あくせくとブログを更新して、アフィリエイトやアドセンスで稼ぐことが目標だったのかな?違うと思います。できれば1日1本くらいの記事書いて、月30万円とかうまく行けば月収100万とかにしたいな~稼ぎたいな~とか思っている人たちなんだと思うのです。だとしたら、1日1本、渾身の一撃を繰り出す練習をした方が良いんじゃないかしら。内容も濃くすればするほど、その人の味が出ると思います。そういう記事の方が個人的に好きです。

「あーんブログ更新できない~」とか「いい記事書けない~」などと思って何も行動できないなら、暇な人は散歩したり、本を読んで空想世界に出掛けてみたり、仕事で忙しくてもアホな妄想をし続けるほうが、人生楽しいと思います。ブログのネタにも繋がるはずです。何も考えず常に文章を書き続けるより、常に妄想し続ける方が、よっぽど面白い人間になれそうです。よっぽど面白い文章を書けそうです。ブログ以外の場所で活躍できそうです。

貧弱文章力を持つ山崎による妄想でありました。

以上『面白い文章をかけるようになる方法について』でした