点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

本屋になりたくなっちまう本

僕はたったの2冊で、ああ自分の本屋っていいな、と思うようになった。

現在、書店アルバイトとして去年の11月末から働いているが、未だにレジ打ちから抜けることができないでいる。希望としては新書・文庫のセクションあたりを任されたらいいなとか夢想している。

書店の華形ポジションというのは、その書店によって多少違うと思うが、大抵は文芸書担当がそれであるらしい。技量の面でも、久しく小説から離れているという現状を鑑みても、僕は文芸書担当には逆立ちしてもなれっこない。

自分の勤め先で、新書・文庫担当がどれほど難しいのかは知らない。僕の職場の人は謙虚で思いやりのある人達ばかりなので、「そんなに難しくない。Achelou君も慣れたらできるようになるかもしれないよ」と言ってくれる。しかし、レジ業務がままならない(マジでままならない。脳の学習機能がおかしいのかもしれないが、どんどん後から入ってきた人に、技量的に追い抜かれてしまっている気がする)ようでは、そちらに配属されるということも無いだろうから、とっとと目先の仕事を覚えなければならない。

そんな反省をしながら、『本屋、はじめました 増補版』と『これからの本屋読本』を職場で購入して読んだ。

どちらの本も、著者は個人書店オーナーである。この2つの本を買ったのは、個人書店を営む人の話を聞けば、書店で何が行われているのか、どのような仕事があるのかということを、効率よく仕入れることができるかもしれないと思ったからだ。本屋という仕事を俯瞰している人の視点、頭の中を、覗いてみたかったのだ。

その目論見は達成された。どちらも、「本が読まれるまでの過程」を解説してくれている。仕事内容についても、すべての本屋に共通の内容が書かれているのではなかろうか。仕入れ、ディスプレイ、接客などのコツみたいなものの記述もある。そうした事務的知識を仕入れるという当初の目的は、仕事のできない新米書店員にとって実にありがたいものであった。

嬉しい誤算もあった。どちらの書籍も、「自分の書店を持つことの楽しさ・辛さ」について紙幅を割いており、読了時には、本屋という職業をもっと好きになれたということだ。

本屋、はじめました 増補版 (ちくま文庫)

本屋、はじめました 増補版 (ちくま文庫)

 

 『本屋、はじめました』は、「第三章 準備」「第四章 本屋開業」に至るまでが特に凄い。時系列を追いながら、ひとつの本屋が出来上がるまでを克明に記されおり、臨場感のある文章で、書店オーナーになることを体験できてしまう。どのような書店にしたいか、どんな立地にして、どんな本を置き、どんなレイアウトで書籍を陳列するかという一つ一つに、著者の血が通った文章で振り返られている。読んでいるだけでワクワクするのだ。

これからの本屋読本

これからの本屋読本

  • 作者:内沼 晋太郎
  • 発売日: 2018/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

もうひとつ、『これからの本屋読本』も、肝となるのは「第三章 本屋になるとはどういうことか」に、著者の情熱が凝縮されている。

人間の「本屋」にしか生み出せないものがあるとしたら、それは個人の偏りを恐れずに豊かな偶然や多様性をつくりだし、誰かに差し出すことだ。

いまやテクノロジーによって人々の嗜好の傾向は分析され、ニーズに合わせてオススメの商品を差し出せるまでになった。的確にオススメを出してくれるAIに、人間ができる差別化は何か。それは、人間が介在することによって発生する、人間同士のコミュニケーションである。コミュニケーションは、豊かな偶然や多様性そのものだ。それがリアル書店固有のバリューであり、これからの本屋の武器になる。

どちらの本も、書店を持ちたいと願う人間を後押しするような構成である。

本が売れないと嘆かれるこの時代において、試行錯誤を重ねて、堅実に書店を運営していることは、流行の業界に流れ(といっても並々ならぬ努力は必要だが)成功をおさめることよりも、僕はそこに尊みを感じる。もちろん、そこに尊みを感じるのは、それは僕が「本が好き」であるということが、大きく影響していると思うけれど。

さて、書を扱うということを、レジ打ちと言えどもある程度体感し、目と鼻の先では先輩たちが工夫をこらしながら、書籍のディスプレイによって客と対話するのを眺めることを日常としている人間が、こんな本たちに出会ってしまうなら、考えることは一つである。

いつか自分の書店を持ってみたいということだ。

電子書籍ですら不況の只中にあり、書物はどんどん忘れ去られるメディアとなろうとしている昨今、あと何年後になるかも分からない書店の新規開業をなんぞ夢見てしまうのは、楽観主義者極まりない気もする。これはやりがいだけで選んで良い職種ではない。書籍という古くなっていくメディアを扱うということは覚悟が必要だ。しかし、読書という文化を、その地域に絶やすことなく供給する役割を、自分の責任でやってみたいという気持ちは、読了後からふつふつと湧き上がってくる。

先人に騙されていてもいい。いつか金を貯めて、自分だけの本屋を持つぞ。そう思いながら、次の月曜日からはまた、数えにくい新札のベタつきに怯えながら、レジ打ちに勤しむのである。