点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

太宰治『お伽草子』──婆汁なんてのは、ひどい。

読書が好きです、といいながら、ここ一年ろくに小説を読んでいませんでした。

こりゃいかん、と思ってAmazonで手頃なのは無いか?と探していると、『太宰治全集』というものがありました。Kindleで。衝撃の200円。随分と安い。ブックオフ太宰治の作品を全部揃えようと思ったら、費用もかかるし、それなりに自宅の本棚のスペースを占領することを思ってしまい、「やっぱ本は紙だろう」なんて、普段から周囲に吹聴していることなんて、都合よく綺麗サッパリ忘れて、「ワンクリックで購入」のボタンをポチりと押したのです。

『太宰治全集・280作品⇒1冊』

『太宰治全集・280作品⇒1冊』

 

 

太宰治は自殺未遂や私生活の乱れに注目されがちな作家です。『人間失格』だとか『斜陽』だとか、そういった退廃的な人間観を描くことが得意な作家である、というイメージを持つ人が殆どだと思います。

私もつい最近、この全集の中に入っている『お伽草子』を読むまでは、こんなにもユーモラスな文章を書く作家なのだということを知りませんでした。Wikipediaなどには、そういうユーモラスな作品もあるよ、なんて書かれてあっても、実際にどのくらいのユーモアで描かれているのか?というのは読んでみないとわからないもんです。しかも、そういう説明を見たって、じゃあ、本屋に赴いてこの本を買う人というのは、そうそういたもんじゃないです。

お伽草子』は短編集です。『瘤取り』『浦島さん』『カチカチ山』『舌切雀』の四部構成。名前を見てもらえれば分かる通り、日本の昔話として子どもに読み聞かせさせられているポピュラーな寓話を、太宰治が書き直しているというもの。太宰の陰惨とした話しか読んだことがない人は、この『お伽草子』に驚くでしょう。太宰治の一般的な作家イメージを打ち砕くほどの衝撃を受けるかと思います。大げさかもしれませんが、思わずそんな風に言ってしまえるほどに面白い。笑ってしまうのです。

基本的には、著者の物語に対する批評と、著者がアレンジした昔話の内容が入り乱れる形で物語が進んでいきます。この太宰の作品評がとてもおもしろい。僕の好きなカチカチ山から抜粋してみます。

だいいち、どうも、物語の発端からして酷だ。婆汁なんてのは、ひどい。お道化にも洒落にもなつてやしない。狸も、つまらない悪戯をしたものである。(中略)

狸が婆さんに単なる引掻き傷を与へたくらゐで、このやうに兎に意地悪く飜弄せられ、背中は焼かれ、その焼かれた個所には唐辛子たうがらしを塗られ、あげくの果には泥舟に乗せられて殺されるといふ悲惨の運命に立ち到るといふ筋書では、国民学校にかよつてゐるほどの子供ならば、すぐに不審を抱くであらう事は勿論、よしんば狸が、不埒な婆汁などを試みたとしても、なぜ正々堂々と名乗りを挙げて彼に膺懲*1の一太刀を加へなかつたか。

カチカチ山は婆さんに悪さをしたたぬきをうさぎが懲らしめるという話で、いや~、悪いことはできませんね~!チャンチャン!という内容ですが、多くの人が疑問に思っていたであろう、「うさぎの仕返しやり過ぎ問題」に対して、太宰が向き合っているという事実がなんだか面白くありませんか。

あまり文学を嗜まなかった僕は、情動を強くドドメ色に揺さぶられるような、あの文章を書いた人物がこんなふうにカチカチ山を見ていることに、少し嬉しさを感じます。ギャップ萌えに近い感覚でしょう。太宰に萌えるとは。疲れてるのかしら。

しかも、太宰は、狸を37歳の汚いブ男、うさぎを16歳の美少女に変換しています。カチカチ山を、美少女に翻弄されまくり、結局殺されてしまう哀れな汚いブ男の話に書き換えている。たまに出てくる作者の視点からの批評も、そうして自分で毒を足して出来あがった「カチカチ山」を、他人事のように、なんとも残酷な話であるだなんて言ってしまうというセルフボケ、ツッコミをやってのけているのです。

狸が同情の余地なく本当に汚いし、(あまりに汚すぎて兎にウンコ食ってるんだろとか言われる)兎もこれでもかと非常なキャラクターになっているから、なんだか妙な気分になってくる。哀れんでいいやら、何やら。兎もやりすぎなんだけど、よくやったと言ってやりたいような。なんだかな。

とにかく、太宰治によるおとぎ話への容赦ないツッコミを読めるのはお伽草子だけ!

なぜもう一人のじいさんは踊りをうまく踊れなかったといってこぶをつけられてしまったのか、浦島太郎は爺さんになる必要があったのか、かちかち山はなぜ残酷な物語なのか、どうして舌切雀の婆さんは欲張り婆さんなのか……。

本でなくてもいいから、まずは青空文庫へどうぞ。気にいったら、本でも欲しいところであります。

太宰治 お伽草紙青空文庫

 

お伽草紙 (新潮文庫)

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*1:ようちょう。征伐してこらしめること。