点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

『イカロス』──観られるうちに観ておけ

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オリンピックにおける、国家主導のドーピングスキャンダルに、映画監督兼アマチュア自転車走者が巻き込まれるドキュメンタリー。

2017年の映画だ。オスカー取っている作品らしく、全然知らなかった。お恥ずかしい。

上記のように、内容を一言で言い表そうとすると、まったくフィクションに思えるけれど、これはドキュメンタリー映画だ。

ドキュメンタリーだって、何もすべてがノンフィクションとは言わない。撮影の方法で、ドキュメンタリーだって嘘を付ける。監督の憶測、推論、証言者の主観的な意見が根拠になっているドキュメンタリーは要注意だが、しかし、この映画に出てくる根拠は、国際オリンピック委員会も、反ドーピング機関も認めている。

カメラが密着するのは最前線、ドーピング検査をするラボの所長だ。彼は国家からの指示で、陰性反応が出る健全な尿サンプルと、陽性反応が出る尿サンプルのすり替えを行っていた。

ブライアン・フォーゲル監督はアマチュア自転車レース走者でもある。大会で興味本位にドーピングを使い、実際に結果が出るのかという人体実験を記録に残そうというところからはじまる。大会側にドーピングをばれないように、効率よく実行するシステムのアドバイザ一として、グリゴリー・ロドチェンコフと関係を持った。彼が上述のドーピング防止機関の研究所所長その人である。

彼の登場によって、監督による人体実験は順調(?)に進むと思われた。しかし、ドイツ公共放送で、ロシア国家主導のドーピングプログラムの内容が放送され、世界ドーピング防止機構(WADA)が、番組で取り上げられた内容の調査をし、その内容が事実であることを認めた。

この瞬間から、映画のテーマがガラッと変わる。

アドバイザーが重要参考人となり、ロシア政府から命を狙われることになる。国家を離れ、監督と合流したロドチェンコフは、研究所で行われた不正を告発することを決意し、監督がそれを協力するという、とんでもない展開になる。

何を見せられているのか、途中で分からなくなる。最初は、ハンバーガー毎日食ったらどれくらい太るかな?というドキュメンタリー『スーパー・サイズ・ミー』的な、監督自身によるドーピング人体実験的なドキュメンタリーであると思ったのに。

こんなにもスリリングな作品があってよいものか。というかこれは作品なのか。

入ってくる情報をどう処理をすればいいのか分からない。何よりも怖いのが、あれだけの証拠を突きつけられても強気な姿勢を取ることができるロシア政府だ。オリンピックに対する、というよりもスポーツ全般に対する不信感は増すこと間違いなし。あっちこっちで日夜ドーピングがされていてもおかしくない。闇が深いというレベルの話ではない。

ロドチェンコフはジョージ・オーウェル1984』に衝撃を受け、愛読書であると語っている。映画後半の随所で、ロドチェンコフ本人による朗読が挿入されるのだけれど、小説の一節を、これほど重みを受けて味わったのは始めてだ。

「事実は小説より奇なり」と評するのはあまりにも安っぽいかもしれないが、全くもって、こう表現するしかない。ドーピングの闇を命がけで告発したロドチェンコフは、現在、ロシアの監視下にあるらしい。無事を祈る。

ロシアドーピング問題なんて見向きもしなかった人向けの情報↓

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国家という怪物が個人に牙を剥くとき、どうなるのか。体感したくもないが、それを監督とロドチェンコフの力を借りて体感できる。観られるうちに、観ておけ。これだけのために、Netflixに入会しても損はない。