点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

大麻博物館『日本人のための大麻の教科書』──大麻への誤解を文化から解きほぐす

ダメ。ゼッタイ。」の教育の賜物か、僕の大麻への認識は、本書を読むまでは「違法薬物」であった。ラッパーやアウトローなミュージシャンが嗜好品としての大麻解禁を声高に叫び、楽曲の中でもそれを歌っているというところも、僕の偏見を助長するひとつの要素であった。僕はコワイ人たちに対する偏見を持っているからだ。近づいてはならない、と。

彼らに特に恨みは無いが、彼らに対する僕の偏見が、「実際のところ大麻ってどんな植物なのか」という疑問を解消するために調べることを遅らせた。

図書館をソーシャルディスタンス巡回して、本書が目に飛び込んでくるまでは、調べようともしなかった。この本はここ最近読んだ本の中でも、かなりの当たり。ぜひ大麻に興味ないと思っている人や、大麻規制論者、解禁論者の人も読んでほしい。

本書は大麻博物館名義で発行されている。ここは2001年那須高原にオープンされ、信頼のある資料を元に、大麻の情報を正確に提供することを目的として設立された。こんな場所があることすら知らなかった。

大麻を実際に初めて観たのは、小平市にある東京都薬用植物園だった。ただ、小学校の時に行ったきりだ。その時も確か、大麻を違法薬物の文脈で説明されたように思うが、今はどうなんだろうか。

本書は嗜好品大麻の礼賛本ではない。もちろん薬効についての誤解をとき、理解を手助けする章もあるが、基本的には「日本の文化にどれだけ大麻が根強く存在していたか」という文化論が9割を占めている。

本書を読むとまず目に飛び込んでくるのが、「大麻」という名称と、そこにつきまとう違法薬物というイメージの整理だ。この知識だけでも、今後大麻を巡る行政の動きや、大麻に関する話題を正確に理解するのに大いに役立つと思われる。

我々は大麻に関して、以下のようなイメージを持っている。

たとえば、「大麻マリファナは危険な感じ、麻とヘンプは単に素材の一つ」という認識の方が多いのではないでしょうか。

私たちはこの言葉の定義に関する問題が、「農作物としての大麻」を存続の危機にまで追いやっている最大の要因だと考えています。

本書の目的は大麻の実態と文化を紹介をすることにより、大麻の漠然とした負のイメージを払拭し、整理することにあると思われる

ここで面白いと思ったのは、かつての日本を支えていた大麻は、向精神作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量が1.0%未満の、「繊維型」と呼ばれる品種であるという点だ。全然知らなかった。この繊維型大麻が、日本人の衣食住を支える上で、大きな役割を果たした。

ではそうした繊維型の大麻を「麻」という言葉で説明しても良いではないか、という疑問が生まれるが、ことはそう単純ではない。

1962年に制定された、「家庭用品品質表示法」という法律があるのだが、この法律において、「麻」は「リネン(亜麻、アマ科)」と「ラミー(和名:苧麻、イラクサ科)」であり、日本人がそれまで使ってきた「大麻」は、「麻」と表示すると法律違反となる。

また、麻は植物繊維の総称としても使われているため、60種類を超える植物が「麻」と定義できる。それにより、「日本人が使ってきたあの麻」を表すためには、「大麻」という言葉を使わなければ、正確な議論ができない。にもかかわらず家庭用品品質表示法により、大麻という言葉を使えない場面が出てくる。これが議論を停滞させ、混乱させる要因であり、本書ではこの整理を提案している。

大麻はどんなことに使われているのか。それはこんな過疎ブログの記事で到底纏めることができないほどに、日本の文化の衣食住、神道や仏教など、日本の伝統的宗教を支えてきた。

  • 歴史は稲作より古く、租庸調、古事記万葉集などの文献にも登場する。
  • 機能性の高い自然素材として衣類に用いられ、神道の儀式で用いられる衣服や、相撲の横綱などにも利用されている。
  • 栃木には麻で作られた日光下駄がある。
  • 大麻で作られた糸は丈夫でねじれに強いため、昭和30年代ごろまでは漁網や釣り糸の主な材料だった。
  • 花火大会で上げられる花火の助燃剤としては麻炭が利用されている。
  • 世界遺産白川郷の合掌造り集落の茅葺屋根の最下層にはオガラ*1が用いられる。
  • 麻の実は七味唐辛子に高確率で入れられており、近年ではスーパーフードとして注目されている
  • 日本では長年漢方薬として大麻の種子や花穂などが利用されており、その薬効は近年の研究結果と比較しても一致が見られる

などなど、きりがない。ぜひ本書で確認してほしい。日本史に疎い僕でも読めるくらいに面白い内容だ。

しかし、大麻農家はいまや絶滅の危機に瀕している。本書によれば、精麻の需要の減少や、先ほどのような違法薬物というイメージによる忌避などがあるのと同時に、機械化が進まずに手間のかかる生産形態であること、大麻取扱者免許を取得するためのハードルが高いといった業界内のボトルネックが存在することなどが、衰退の要因として挙げられている。

建設的議論の実現に向けて、我々は「大麻」という言葉を違法薬物という文脈から解き放つ必要があると思われる。本書はそれを手助けしてくれる。

品種による薬効の違いや用途の違い、医療用大麻の可能性、そして我々日本人の文化の根底を支えてきたと言っても過言では無い、大麻という植物の重要性を、文化の側面から捉え直す機会が、一部の関心のある層だけでなく、大麻の恩恵を知らずに受けてきた人たちにも広まることを願うばかりである。

taimahak.jp

*1:茎から繊維部分を剥いだあとの木質部を乾燥したもの