『猫語の教科書』
人間の心を最も動かすことのできる動物は人間ではない。猫である。
猫が嫌いであるという人はこの世にいない。もしもいたとしたら、おそらく猫に親戚か友人知人を殺された者たちだ。そういう人は無理に猫を好きになる必要は無い。至極少数である。そのような人たちから好かれなくても、猫を好いている人間というのは掃いて捨てるほど存在するから、猫にとってはどうということはない。
彼らがいかに人間心理を理解しているかということが伺い知れる資料がある。スノーグースなどの作品で知られる作家のポール・ギャリコによる『猫語の教科書』だ。ポール・ギャリコはこの著作において、猫語の翻訳を行った数少ない人物である。
- 作者: ポールギャリコ,Paul Gallico,灰島かり
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1998/12/01
- メディア: 文庫
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もともとの原稿の作者は不明だが、ポールの翻訳によれば、メス猫であり、生後すぐに交通事故で母を亡くし、野良猫生活中に一念発起して人間の家の乗っ取りを決意し、4匹の子猫を理想的な家庭へと送ったやり手である。想定読者は猫である。
なんと言っても本書のメインコンテンツは人間心理をコントロールした一家征服術である。捨て猫から理想の家庭へ潜り込むときの手法(金網にしがみついて哀れな子猫を演じる)や、家の中に断固として入れることを拒否した主人を、ものの10ページ足らずで懐柔する様子など読むにつけ、同じことをされては僕も「この猫を飼う!!」と心に決めるに違いないと思う。猫の行動が人間に対してどのように見えるのかを熟知した、圧倒的体験知から繰り出される技法と主張には舌を巻く。文体が非常にいじわるだが、妙に説得力がある。ぐうの音もでない。
「擬人化」ということばがこの本にはひんぱんに出てきますから、意味を理解してください。「擬人化」とは、動物やものを人間になぞらえることです。どうしてそんなことをするかというと、人間はうぬぼれ屋で、世界は人間を中心にまわっていて、地球上で一番すばらしいのは人間だ、と考えているからなんです。おかげで人間は、1日のうちの半分は私達を猫ではなく、人間に近いものだと考えているの。
そういえば、猫の動画を視聴している間、勝手に脳内でアフレコをしていた気がする。我々は多くの動物に対して擬人化をしているが、こと猫に関しては顕著になる。猫が飯を食いながら鳴いたりすると「うまい、うまい」と聞こえたりするし、見つめられると「どうしたの?ご主人」と言われている気がするし、猫じゃらしで共に戯れるのを見ると子どもと遊んでいる心地がする。
また、人間を猫化したりもする。可愛らしいものを猫に例えたりする。猫耳は海外でも日本でも万国共通でニーズがある。猫なで声という人間が出す声もある。
人間は猫を人間に寄せて考えようとするが、そこを逆手に取られ、あれよという間に思考や習慣を猫に支配されていることに気が付かないのだ。
やけに頭の良い猫は、「快適な生活を確保するために、人間をどうしつけるか?」というテーマで書かれた本書を読んでいるかもしれない。我々は彼らの手の内を知り、堂々と猫に飼いならされるべきである。人間が猫を飼っているのではない。猫が人間を飼っているのである。それは大いに喜ぶべき真実である。