『代替医療解剖』──「プラセボでも効けばよかろう」は正しいか
- 作者: サイモンシン,エツァートエルンスト,Simon Singh,Edzard Ernst,青木薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/08/28
- メディア: 文庫
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僕がプラセボ効果を初めて知ったのは、小学校のときだ。
6年生のころ、移動教室といって、日光東照宮とか戦場ヶ原などを2泊3日で散策するというイベントがあった。東照宮のある栃木県日光市まではもちろんバスを使っての移動となる。当時、乗り物酔いがひどく、遠足でバスや電車を使うときは、酔い止め薬を常備していた。
出発する前、先生には持ち物の中身を見せなければならなかった。ニンテンドーDSが流行っていて、トランプやUNOなど、認められたおもちゃ以外が入っていないかを確かめるためである。そのとき、カバンの中の酔い止めを見られた。昔らか使っていて、コレさえあれば問題ないと信じていた酔い止め薬だ。それを見た先生が、
先生「おお、酔い止めなんて飲んでるのか。」
Achelou「そうなんです。これ飲めば酔わないんです」
先生「いいけどなあ、そういうのはプラセボ効果って言って、飲むと酔わなくなるとお前が信じているから酔わなくなるんだよ。気休め程度にしかならないんだ」
Achelou「え、そうなの……」
その先生の一言で、僕の中の酔い止めの認識が変わってしまったらしい。酔い止めを飲めども気分が悪い。疲れもあってか、帰りのバスではゲーゲー吐いてしまって、しばらくは友人からのイジりに耐えなければならなかった。
薬学博士の村田正弘氏を会長とするNPO法人 セルフメディケーション推進協議会が運営するサイトには、酔い止め防止薬の主成分は抗ヒスタミン薬に分類されるものだと書かれている。抗ヒスタミン薬は一般的に、花粉症などのアレルギーを沈静化させる効果で知られているものだ。乗り物酔いは内耳の感受性によって発生するらしく、その感受性を鈍くして、関係している嘔吐中枢への刺激を抑えるために、抗ヒスタミン薬が用いられる。
6. 一般用医薬品の選び方、使い方(2) 乗物酔い防止薬 | 薬についての知識 | セルフメディケーション・ネット - NPO法人セルフメディケーション推進協議会(SMAC)
参照したこのページにも記載のあるとおり、乗り物酔いが発生する原因として、心理的影響の割合は大きいらしい。僕が先程の先生の一言でゲーゲー吐いてしまったのは、僕の乗り物酔いについては心理的な要因に拠るものである可能性が大きいようだった。
先生、僕はプラセボだろうがなんだろうが、黙っていて欲しかった。実に身勝手だが先生を軽く恨んだ。僕はもう一生酔い止めが効きそうにない。
この頃から僕は、プラセボ効果については肯定的になった。有効成分が入っているにもかかわらず、あの先生の一言で酔い止めが効かなくなったからである。プラセボでも効けばよかろう、地獄を見ずに済むのだ、と本書を読むまでは思っていた。
『代替医療解剖』の内容は、ざっくりとまとめてしまうと、代替医療と呼ばれる行為は、プラセボ効果以上のものが期待できるのか?ということを考察したものだ。主に「鍼治療」「ホメオパシー」「カイロプラクティック」「ハーブ療法」について本当に効果があるのかということを検証した研究論文を根拠に話が進んでいく。
本書の基本姿勢は、《科学的根拠に基づく医療》(エビデンスベースト‐メディシン)である。頭文字を取ってEBMとか言われている。本書によれば、カナダのデーヴィット・サケット教授によって1992年に提唱されたと書かれている。ではその定義とは何か。
サケットはこれを次のように定義した。「科学的根拠に基づく医療とは、一人ひとりの患者の治療方針を決めるにあたり、現時点におけるもっとも優れた科学的根拠を、最新の注意を払いつつ、明示的に、分別を持って利用することである」
医者の主観や根拠の薄い民間療法的なものを、治療方針には入れないという考えだ。この考え方がしっかり広まるのが、このサケット教授出現まで待たなければならなかったというのが恐ろしい。科学的根拠を作るために用いられる検証方法は、主に「ランダム化臨床試験」と呼ばれるものだ。国立がん研究センターが運営するサイトには、
研究の対象者をランダムに2つのグループに分け(ランダム化)、一方には評価しようとしている治療や予防のための介入を行い(介入群)、もう片方には介入群と異なる治療(従来から行われている治療など)を行います(対照群)。一定期間後に病気の罹患率・死亡率、生存率などを比較し、介入の効果を検証します。
ランダム化比較試験/無作為化比較試験 (らんだむかひかくしけん/むさくいかひかくしけん):[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
とあるから、要するに「数量的・統計的な観点から確からしい治療法か否か」を判断できる方法である。
ちなみに、著者たちは「代替医療」と聞いてアレルギーを示す者たちではない。《科学的根拠に基づく医療》の基準に基づき、有効であると判断されれば、それまで代替医療として使われてきた方法論も、十分に患者の治療方針に加えることができるため、フラットな視点から検証しようという姿勢だ。批判だけで終わる医療本にはない好感を持てた。
ネタバレしてしまうと、本書で取り上げられた代替医療の多くは、「プラセボ効果以上のものが期待できない」か「部分的に効果がある」のどちらかであった。
まとめてみると、
- 鍼はいくつかの痛みや吐き気について肯定的な論文が複数あるが、効果に一貫性が無いためどちらとも言えない。
- ホメオパシーは、プラセボ効果以上を期待できないとする論文が大半である。
- カイロプラクティックは腰痛には一定の効果が見られるが、首周りなどの施術により頸動脈の内壁が損傷され脳梗塞に至る危険がある。
- ハーブ療法はハーブの直接的な毒性、他の薬との相互作用によって引き起こされる間接的反応、汚染および混ぜ物の危険性という3点から、安全であるとされたハーブ以外を用いることは危険がある。安全なものをしっかりと使えば有効なものもある。
このような感じ。
個人的に読んでいて面白かったのが「ホメオパシー」。「ほとんど水(やアルコールなどのもともとの溶剤)と変わらないほどに薄めた毒をもって毒を制す」という変わった代替医療だけれど、インドやヨーロッパで今でも健在。日本でも支持層がいる。もしそれが本当なら、僕の渋り腹は一度下水になってうんこの成分が殆ど無くなったであろう水道水を飲んでいれば立処に治るはずなのに。莫大な金が動いているとなるとまともに働いているのがアホらしくなる。「健康に生きたい」という願望は悲しいくらいに考える力を失わせることがよく分かる章だ。
ところで、プラセボでも効けばよかろうと思っていた僕だったが、落とし穴もある。本書でも書かれていることだが、その他の手段への道を閉ざしてしまう、もしくは本当に有効な手段を、迅速に選べなくなってしまう可能性がある。
代替医療の特徴として、「さも万能であるという印象を喧伝する」というものがある。鍼治療やツボ押しなど、ここに鍼をさせば、ここのツボを押せば、対応した体の部位の問題が解決するという具合だ。一つの技術で身体すべてを見ることができると説く。残りのホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法にも言える。副作用への言及や、リスクなどについてはさほど触れることがない。
代替医療は、費用面でも同等か、保険が適応できない治療法で、通常医療よりも高くつく場合がある。お得とは言えない。同じ効果が期待でき、費用も安く、効き目の効果がある治療と、費用は同等か、それ以上であるにもかかわらず、医療に携わる者たちのお墨付きをもらえていない治療法のどちらを選択するかということになる。
「効けばよかろう」という思考停止や、「俺はこちらを選択する」という自己選択によって発揮される不思議な人体パワーを期待するよりも、誠実な医者による《科学的根拠に基づく医療》を受けたいと思うのは変だろうか。
代替医療を支持する人々から見ると、長いものに巻かれた哀れな人間め……という文句の一つや二つ言いたくなるかもしれない。確かに通常医療は各代替医療を凌ぐ市場が存在する。その土壌を荒してほしくないがためのプロパガンダではないか?それもあるだろう。だが自分の命や健康に関わることだ。統計的に確からしく、メリット・デメリットのしっかりとした説明がある治療法の方が誠実だと思ってしまう脳になった。
正直、本書を読んだことによって、代替医療に対するポジティブな認識は消し飛んでしまった。もうエキゾチック!ニューエイジ!他とは違う方法かっこいい!とはなれない。本当に根拠のないものへの希望をぶち壊してくれたお陰で、プラセボ効果そのものは認めるが、手放しに肯定することへの諦めもついた。
そもそも、病気にならず、西洋・東洋・その他代替医療の世話にならないようにすることが一番なので、まずはそこから……なんだけど、今度はその健康を維持するための手段に、代替医療が紛れ込んでいたりするもので、根が深すぎて引っこ抜こうにも難しい。生きているということは、常に死と隣り合わせと腹をくくる他無いのだと、プチ絶望した次第だ。
ちなみに、『代替医療解剖』は『代替医療のトリック』の文庫版なので、こちらを持っている場合は購入する必要はない。
- 作者: サイモンシン,エツァートエルンスト,Simon Singh,Edzard Ernst,青木薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/01
- メディア: 単行本
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