点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

無手勝流の哲学入門

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を、キルケゴールの『死に至る病』を注釈として読むという化学反応を楽しんでいた人がいた。名を木田元と言う。

わたしの哲学入門 (講談社学術文庫)

わたしの哲学入門 (講談社学術文庫)

  • 作者:木田 元
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/04/11
  • メディア: 文庫
 

『わたしの哲学入門』は、著者である木田元が、いわゆる「哲学入門」に見られる綺麗事を抜きにして、読者がスムーズに哲学への歩み寄りを完了させるために書かれた。

一般的な哲学入門と違い、哲学史的な話をド頭からぶちかまされたりはしない。ああ、自分が興味のある哲学者は、いつになったら登場するのだ……と思いながら、眠い目を擦りつつ、イデア論だの心身二元論だの純粋理性批判だのの解説を流し読みしながら、面白くなくなって投げ出し、飛ばし読みで目当ての場所までたどり着くけど、前提知識とぼしく、理解及ばず、見事敗北する……という事が無いようなつくりとなっているのが良い。

著者は「反哲学」というパンキッシュな態度を取っていた人なんだけど、しっかりと大哲学の蘊奥をマスターしており、心地よい筆致でピシャリと哲学用語や概念の解説をしてくれるところもグッド。

ざっくり言っちゃうと、自伝、著者の哲学的思弁、既存の哲学理論の分析が主たる内容。こういう本は、いつもなら自伝の箇所を飛ばしてしまうのだけど(どう読んでも自慢話でしかない話が延々と続く書籍もあるので)本書は哲学を志す人にとっての独習のモデルを提供してくれる。学術文庫にしてはエッセイの色合いが強いので、好き嫌いは分かれるかもしれない。

著者はハイデガーの『時間と存在』を何としても読みたい!研究したい!という情熱を抱き哲学科に入学する。すると、ドイツ語ギリシア語、ラテン語を学部生のうちに習得し、院生一年目でフランス語を習得している。

凄まじい。これは、当時の哲学研究は原典読了主義であり、翻訳本を読むという選択肢は奨励されていなかったことも影響があったという。だからといって、僕が学生の頃にこんなやつが知り合いに居たら、どうかしてるとしか思えない。

大学は勉強しにいく所であることを思い出した。いかにチャランポランに過ごしていたかを痛感させられたが、武勇伝的な件も嫌味な感じもせず、すんなり読める。あまり大学で勉強しなかったことを後悔したけれど、今後の独学へのモチベーションを高められたので、自己嫌悪する暇もありませんでした。

あと、無手勝流をやらかすにしても、基礎がなってないと面白くないし、哲学なんてできないのだという厳しさも再確認できたのも良かった。