点の記録

点を線で結べない男の雑記帳

バカにできないアレン・カー『禁煙セラピー』

禁煙本はこれしか持っていない。これだけで禁煙できたから。

最初に書いておくと、この本は「禁煙したい」と思っている人間でなければ効果が薄い。「ホントは禁煙したいんだけどね」とか「やめられるもんなら、やめたいんだよな」など呟いている人以外の喫煙者に対してこの本をぶつけても、まったく効かないはずなので注意。

精神力による禁煙は基本成功しない。そうではなく、たばこに対する認識を改めることによって禁煙を成功せしめようとするのが、アレン・カー流だ。もしこれでダメならば、禁煙外来に行くと良い。 

この本の良い点は、専門用語を使わずに、たばこをやめさせる誘導を仕掛けてくる所だ。

通常、たばこ関連書籍は医者や医療機関の研究員が書いている。こういう本は、医学の知見から読者に脅しをかける。医者から見たたばこは、「がん発生機能付き麻薬」以外の何者でもない。*1

現在はスパスパ吸ってても大丈夫かもしれないが、歳を取った後に肺はだめになる。*2精神は不安定になり、*3ほぼ確実に歯周病となり、*4受動喫煙によって罪なき人を静かに殺しているのだ……。*5

何よりこの著者は33年間喫煙者であり、多い日には100本、少ない日には80本というハイパーヘビースモーカーだったことが災いしてか、2006年に肺がんでこの世を去っている。*6

多くの禁煙本は、このようなタバコの害を、専門用語や論文の結果などを駆使して読者に伝える。禁煙書籍としてのクオリティが、「情報の正確性や再現性」であるならば、エビデンスベースドメディスンの精神で書かれた書籍であればあるほど、良い本ということになる。それ系でいい本かつ、分かりやすいものといえば、稀代の愛煙家である松岡正剛氏も紹介していた、木田厚瑞『肺の話』(岩波書店)などが挙げられる。この書籍は科学的脅しに成功している。

肺の話 (岩波新書)

肺の話 (岩波新書)

  • 作者:木田 厚瑞
  • 発売日: 1998/10/20
  • メディア: 新書
 

しかし大半の喫煙者は、そんなことを言われてもピンと来ない。

彼らは(以前の僕も)「明日死ぬかもしれないのに、未来の肺に思いを馳せるとは正気の沙汰でない」という素朴だが強力な価値観を持ち合わせている。禁煙をしたい!と思っている喫煙者でさえも、禁煙中のものであっても、心のどこかにこうした刹那的快楽主義が紛れ込んでいて、それが喫煙へのエネルギーとなることがある。

この著者もそこを理解している。この本を読んでいる間、「タバコは吸っててよろしい」と冒頭で書いたりしている。なぜそんなことが書いてあるのかと思って読んでみると、関係ありそうな部分を見つけた。

従来の禁煙法は、まずタバコの欠点を長々と並べ立てたあと、「もしタバコなしで一定期間過ごすことができれば欲望は消えてくれる。そうすればタバコに拘束されることなく人生を楽しむことができる」と、謳います。

確かにこれは論理的方法ですし、毎日この方法でたくさんの人が禁煙しているのも事実です。しかしこのような方法で禁煙するのは本当はとてもむずかしいのです。

(中略)

健康のことを考えればタバコは吸えないはずです。しかし、人は緊張した時にタバコを吸います。健康のことを考えると恐怖心で気持ちが張り詰め、かえって吸いたくなるのです。

喫煙者に「タバコを吸うと死ぬぞ」と言うと、その喫煙者はまずタバコに火をつけるでしょう。

大半の喫煙者のタバコのスイッチは緊張感やネガティブな思考である。そこを刺激すると、余計にタバコを吸いたくなる。そこで著者の方針は、「なぜタバコをやめたほうがいいのか」を考えるのではない。

  • 何のためになるのか?
  • 本当に楽しんでいるか?
  • 大金を払ってこんなものを口にくわえてむせ返る必要があるのか?

これを本書を読み進めていくうちに考えていく作業が、著者の禁煙法である。喫煙者のタバコ価値観に揺さぶりをかけ、著者が新しい価値観に誘導する。その誘導の先にあるのは、「タバコによる快楽、精神安定、生産性向上、社交の機会増加などの利益は幻想であり、虚構である」ということだ。

言い換えると、「タバコが美味いとか、落ち着くとか、仕事ができる気がするとか、人と仲良くなれるとか、そんなもんタバコが無くてもできる。つまりタバコに良いところなんか一つも無い。捨ててしまえ」である。

この世にはタバコよりも美味い飯があり、タバコよりも落ち着けるエクササイズがある。最近ではそこら辺でスパスパ吸えないので、喫煙室に赴くことになるが、タバコを吸っているとそこから出られないので、生産性は落ちる。タバコを吸っていようが吸っていまいが、SNSで人と繋がれるのだ。なぜタバコを吸うのだ?

それでも!それでもタバコを吸ったら良いことあるやろ!と思う。しかし、本書はそれを見事に、一つずつ論破していく。

医学ベースでの話ではなく、タバコに対する認識ベースの話で進むので、書いてある内容は、かなり自己啓発書の度合いが高い。しかし自己啓発アレルギーの僕でも、こういう本の方がいいぞと思ったのは、素朴な理屈で「喫煙は無価値である」という価値観に身を置くことができる点だ。すると僕のようなバカにも効くのである。緊張感自体が喫煙トリガーになっている人ほど、この本による成功率は高い(本書でも絶対効く!みたいな主張していない。)

洗脳的であるが、タバコ企業が仕掛ける洗脳に対抗するには、多分それしか無いと著者も考えたのだろう。

ただ、ご多分に漏れず、本書には関連商品(5000円くらいのセミナーDVDとか)はあるし、著者が死んだ後もフランチャイズ団体がせっせかセミナーを開いているので、セミナー体質な人は注意。本だけで難しい場合は、おとなしく禁煙外来に行くほうがいいかもしれない。約20年間ヘビースモーカーだった僕の父は、禁煙外来で禁煙に成功している。

個人が禁煙教の教えに従って行動する分には、害は無いどころか、確実に健康に良い。「やめられないドツボ」にハマらない限りではあるが、この本にどっぷり洗脳されても、実害が少ないという点において、人に勧められる類の本であると自信を持って言える。